「リテンションマネジメント」施策とは? 〜青山学院大・山本教授インタビュー(前編)〜

働き方改革が様々なメディアで唱えられる中、労働時間の改善など、企業でも取り組みが見られるようになりました。しかし、あらゆる施策を行っていても人材が辞めていってしまう……。その原因はどこにあるのでしょうか。悩まれている人事担当の方も多いのではないでしょうか。 「労働時間の改善ももちろん重要ですが、離職を防ぐためにはコミュニケーションの活性化を促進することが効果的です。」そうお話するのは青山学院大学教授、山本寛先生。 山本氏は、「従業員の離職を防ぎ、従業員が企業で能力を発揮することができるよう、様々な施策を行うことを『リテンションマネジメント』といいます。リテンションは、単純に労働時間を減らすだけでは実現できません。色々な施策を走らせていく必要があります。」と話します。 今回は、そのようなリテンションマネジメントの施策についてお話を伺いました。

■山本教授プロフィール
青山学院大学経営学部 兼 大学院経営学研究科教授 早稲田大学政治経済学部卒業、その後、銀行などに勤務、大学院を経て、現職、著書、「人材定着のマネジメント―経営組織のリテンション研究―」「昇進の研究―キャリア・プラトー現象の観点から―」「転職とキャリアの研究―組織間キャリア発達の観点から―」「自分のキャリアを磨く方法―あなたの評価が低い理由―」「「中だるみ社員」の罠」。 日本労務学会賞、青山学術褒章、経営科学文献賞を受賞。

働き方改革は社員の離職率低下につながる

〜まず、離職率に影響するものは何があるのでしょうか?〜

山本氏:本人の意思で辞める理由には、いくらひきとめてもどうしようもない理由と、ひきとめる余地がある理由の2つあります。前者の場合は配偶者の転勤、育児・介護、病気等、会社ではコントロールできないどうしようもない場合などがあげられますね。(育児・介護は本来はそれでも働けるような環境が整うべきですが、まだまだ足りないですよね。)そうではない、後者の「ひきとめる余地がある理由」については、会社の工夫で離職をとどめることができると考えています。

〜ひきとめる余地がある理由について、会社ができることは様々あると思うのですが、どのようなことが効果的なのでしょうか?〜

山本氏:離職の理由は、色んな理由が複合的に関係するものです。そのため、何か1つやれば効果的だ。ということはありません。ただ、離職の理由として多いのは「労働条件」があげられます。労働時間が長い、休みがとれないという点の改善が一番に行うべきところですね。働き方改革でも労働時間の改善はよく言われているところで、実施している企業も増えています。その他では仕事内容、人間関係などが離職の理由に多くあげられます。
厚労省が発表した平成28年雇用動向調査結果の概要によると、「定年・契約満了による離職」を除くと、男性は「給料等・収入が少なかった」が12.2%、「労働時間・休日等の労働条件が悪かった」が9.5%、女性は「労働時間・休日等の労働条件が悪かった」が12.3%、「給料等・収入が少なかった」が9.9%と、男女共に労働条件を理由に辞めているのが現状です。
※参考:平成28年雇用動向調査結果の概要・転職入職者が前職を辞めた理由

コミュニケーション活性化が離職率を下げる

〜働き方改革と結び付けられる離職率低下のための対策は、労働時間の改善なのでしょうか〜

山本氏:働き方改革は、"働きやすさを追求する改革"だと思っています。辞めざるを得なかった人が辞めなくてよくなるようにすること。例えば残業が多くて大変な人が、残業時間を調整できるようになったり、育児や介護で辞める選択をせざるを得なかった人が、社内の制度などによって辞めなくてよくなったというようなことですね。 そういうことを踏まえ、まず全員に対してできることは労働時間の改善だと思います。それだけではなくて、働き方改革にもあげられている”同一労働同一賃金”を実現していくために非正規雇用の方の待遇を正規雇用の方と同じにしていくことなども大切です。 ただ、リテンションマネジメントとして色々対策をとっている企業は、実は“コミュニケーションの活性化”を促進しているんです。それは単純にコミュニケーションをとる機会を増やす。というものではなく、会社のことをちゃんと従業員に伝えていくコミュニケーション、上司部下のコミュニケーションなど、何を解決するためのコミュニケーションかが明確になっているものを指します。 例えば、2015年のエンジャパンさんの調査では、コミュニケーションの活性化と、労働条件などの待遇の改善が、リテンションマネジメントに効果があったと発表しています。
リテンションに効果的だと感じた施策の上位2つは「社内コミュニケーションの活性化」(実施している:66%、効果的:40%)、「待遇改善(給与など)」(同:57%、同:42%)。
参考:「リテンション」についてアンケート調査(エン・ジャパン株式会社)

〜残業時間を減らして有休を使えるようにする……というようなことだけでなく、コミュニケーションの活性化はリテンションマネジメントに効果的なんですね。コミュニケーション活性化にはどんな施策があるのでしょうか。〜

山本氏:一つはメンター制度です。自分の上司では無い人で、別部署の先輩クラスの人がキャリアの話などの仕事のアドバイスと人間関係についての相談にのるなどの役割を果たします。特に若手社員中心(新卒〜第二新卒)にメンターをつけるのが良いですね。 私がお話を聞いたある美容室チェーン店のお話ですが、メンターに対する教育・研修も力を入れていました。「メンターは評価をしてはいけない」「話をちゃんと聞いてアドバイスする」などという役割を、メンターにちゃんと研修を行うことで意識づけています。メンターがメンターとしての役割を果たさないと意味がないということです。また、メンターとしての役割を期待できる人を人事やトップが把握し、しっかり配置することも大切ですね。 さらに、大メンターといい、メンターの上のメンターを設定する場合もあります。経験のある上の人を備えておくケースが多いです。業務のOJTを担当する人とは役割が違うので人選に関してはよく検討して行っていくのが良いと思います。 【関連記事】メンター制度のメリットとデメリット 社員の離職を防ぐポイントとは

コミュニケーション活性化はトップからと現場から、双方向からが望ましい

〜ご紹介いただいた例も含めて、社内のコミュニケーションを促進していくためのステップはどのように踏んでいけばいいのでしょうか?現場に浸透していくコツはあるのでしょうか?〜

山本氏:上からと下からの両方あります。上から、という方法でいくと、まずは最初にKPIを決めます。会社の離職率・新入社員の3年以内の離職率を計測し、どうしていきたいのかの目標を決める必要があります。また、トップが働き方改革、離職率を抑える環境づくりについて経営理念の中心にすえる必要があります。企業の行動指針や行動憲章に入れていくと良いですね。 働きやすい環境づくりで言うと、例えばローソンさんの行動指針にも記載されていますね。このように企業ホームページにもオープンに表示して、1年だけで終わりにせず、継続的にずっと続けないといけません。社内報で月に1度役員が発信するなど、そういった取り組みが求められます。 ※参考:企業理念・ビジョン・行動指針(株式会社ローソン) 次に、下から上げていく形でいうと、東京オート株式会社の例があります。従業員満足度を高めるためには、現場の層が満足していて「頑張ろう」と思わないと、リテンションにつながらないと思っています。そのために、現場のメンバー自身が「会社の問題をどうしていこうか」と委員会を作って集まり議論しあっています。上司は入れずに、改善策を考えているんですね。個人で考え、チームで集まり議論し、そこからES委員会、部門会議、経営会議……と上に上がっていきます。具体的な改善策の実行までのスケジュールが組まれており、改善サイクルがまわっているんです。 社内コミュニケーションの活性化を進めていくためには、上からも下からもあげていくことが理想的ですが、まずは従業員満足度調査の結果をきちんと把握して、どの部分が下がっているかをちゃんと上から現場に共有することも重要です。人事や経営陣が説明会を開いてちゃんと理解してもらう必要がありますね。

〜施策をすすめるにあたり、トップや人事はやる気だけど現場がしらけてしまっている時もあると思うのですが、そういう場合はどうすると良いのでしょうか?無理やり働き方改革を進めることで、逆に現場の気持ちが離れてしまうケースがあると思うのですが……。〜

山本氏:難しい問題ですね。そのような企業に対しては、マスコミ、政府、就活生の口コミなどから少しずつ変わってきていると思うんです。現場の方がしらけていても、上の方のメッセージで徐々に現場に伝わっていく土壌ができていくのではと思います。諦めずに、地道な努力と継続的なアプローチが必要です。 一方、働き方改革をやることで、残業代が減るのが困る社員や、「もっと働きたいのに」という社員の業務を切ってしまうこと、そういったデメリットは最初はあるかもしれません。働き方改革は、単純に「残業せず休みましょう」ということだけではなくて、仕事ではない時間を有意義に活用することも含まれます。「もっと働きたい」という人には会社として学ぶ機会を与え、創造的な活動をする時間にあてるよう促していくことも必要でしょう。 また、残業を禁止することでどこにしわよせがくるかというと、中間管理職と下請け業者にきます。そして業務がまわらなくなった中間管理職が、外部や下請け業者などに業務を丸投げするようになります。その結果、会社の資産となる技能やノウハウが失われてしまうかもしれません。長期的に考えると会社にとってはデメリットですので、中間管理職へのフォローは特に必要だといえますね。 中間管理職へのフォローという例では、コマツの事例があります。コマツでは、「コマツウェイ」を理解してもらうように教育をしたんですね。まずは中間管理職へのフォローを先にやり、その後に色々な施策を行ったところエンゲージメントがぐっと上がった例です。今まで仕事で忙しかった上司に対して、考え方を変えていくというアプローチを行いました。その考え方の元になったのが「コマツウェイ」です。「部下を見てあげられるのは上司の自分だけだ」「育成できるのは自分だけだ」と気づかせるようにしていました。
コマツウェイには「マネジメント編」、「モノ作り編」、「ブランドマネジメント編」から成るすべての社員向けにまとめた共通編に加え、関係各部門がそれぞれにまとめた職種編があります。
参考:コマツウェイ(株式会社小松製作所) 山本氏:すべての人が「24時間戦えますか」の時代は終わりました。働き方に対して時間や場所など、色々な要望が生まれています。その中で「いかに仕事をうまくまわしていくか」と、「一人ひとりのやる気を伸ばしていけるのか」が、上司のミッションであると伝えていったんですね。チームとして成果を出し、それができた人が評価されるという形をトップからちゃんと伝えていったのが、コマツで大きな効果を生んだとされている理由です。   ここまでは、働き方改革がどう離職率低下につながるのか、その対策ついてご紹介しました。では、今特に企業が力を入れたい“若手社員の早期離職防止”や、“女性社員のリテンションマネジメント”について、どのようにしていけばいいのか、こちらについては<後編>にてご紹介いたします。  

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