どうしたら従業員が幸せに働けるのか?幸福学から考える「会社ができること」とは(前編)

働き方改革が叫ばれる今、労働時間の短縮や効率化を進める動きが目立っています。しかし、「それが本当に従業員にとって良い取り組みなのか、企業の業績向上につながるのか」ということが気になっていました。 そんな時、「幸福度が高い従業員は創造性が3倍高い」「幸福度が高い従業員は、欠勤率や離職率が低い」というアメリカの研究結果を紹介されており、幸福学を研究されている前野先生の著書『幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える』に出会いました。 働く時間をただ短縮することではなく、どのようなアプローチをすることで、業績向上にもつながる働き方改革ができるのか、そのヒントを得るため、前野先生のお話を伺いました。
■プロフィール 前野 隆司(まえの・たかし) 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授 1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業、1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン株式会社に入社。9年間勤務した後に退職し、1993年博士(工学)学位取得(東京工業大学)。1995年より慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て2008年よりSDM研究科教授に就任。2011年4月よりSDM研究科委員長に。 幸福学、ロボティクスなど、人間がかかわるシステムのデザインに関する幅広い研究を行われています。『幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える』(内外出版社)、『幸せのメカニズム』(講談社現代新書)など、著書多数。

従業員の幸福度が高まると、生産性が向上する

4つの因子を満たすことで、人は幸福になる

〜「幸福学」とはどのようなものなのでしょうか?〜 人々が幸せになるためのメカニズムを研究している学問です。心理学や哲学、工学や経営学など様々な分野を横断し、様々な研究成果から幸せという漠然としたものを体系化して明らかにしようとしています。 幸せには、“長続きしない幸せ”と、“長続きする幸せ”があります。長続きしない幸せとは、「地位財」によるもので、具体的には金、モノ、地位などによる幸せがそれにあたります。一方、長続きする幸せは、「非地位財」による幸せで、安全、健康、心などが良好である場合です。 おいしいものを食べて「幸せだ」と感じるのは、一時的な幸せです。一方、「自分の人生に満足しているか」というようなロングスパンで感じる幸福感は、一時的な場面や瞬間に感じるものではなく、「人生全体として満たされているか」という観点で捉えます。幸福学は主に後者の視点で研究しているものです。 長続きする幸せとしてご紹介した「非地位財」は、形が無いものが多く、数字で表現しづらいため、目指しにくいんですね。その幸せを明確化するために、長期的な幸せにつながる要因を過去の研究結果から洗い出し、幸せに関するアンケートを実施しました。 その結果を因子分析して解析したところ、人が幸せになるために大切な「4つの因子」が明らかになりました。 その4つの因子は、1. 自己実現と成長の「やってみよう!」因子、2. つながりと感謝の「ありがとう!」因子、3. 楽観と前向きの「なんとかなる!」因子、4. 独立と自分らしさの「あなたらしく!」因子です。 〜従業員満足度を高めてもパフォーマンスは変わらないが、幸福度が高まるとパフォーマンスが上がるという研究結果をご紹介されている講義を拝見しました。従業員の幸せを追求することが、仕事での生産性向上につながるということなのでしょうか?〜 海外の研究結果ですが、幸福度が高い社員は創造性が3倍高く、仕事の効率が高く、求められた以上の働きやサポートを惜しまないという結果が出ていますね。また、欠勤率や離職率が低く、上司から高い評価を受ける傾向にあります。 従業員満足度は、これまで改善が必要だといわれていましたが、満足度を改善しても、従業員のパフォーマンスにあまり影響しないという研究結果があります。一方、従業員の幸福度とパフォーマンスとの相関は高いという結果が出ています。 ここでいう従業員の幸福度は、仕事や労働環境への満足などの部分的なものではなく、仕事を超えた私生活も含めて、その個人の人生全体の幸福を指しています。つまり、人生において幸せを感じている人こそ、企業の戦力になるということです。

本当にいい会社は、人が離職しない

人間関係が良好で、会社を良くしていこうという気持ちが強い人が多いと、離職しない

〜人手不足が進む今、「離職を減らしていきたい」という声をよく聞きます。幸せな従業員が多い会社の離職についてはいかがでしょうか?〜 本当にいい会社は離職者が少ないですね。従業員が会社に対して愛着を持っていて、会社のために努力しようとする気持ちが強いです。 社員が離職しないようにするには、やはり魅力的な会社にしなければならないですね。もちろん、給与があまりにも低いといけませんが、やりがいがあり、人間関係が良好で、「この会社、社長のために頑張りたい!」という会社づくりを進めることが大事ですね。 〜「ある程度の新陳代謝が必要だ」「離職はある程度仕方ない」と考えられている会社様もあります。〜 転職は基本的にはストレスがかかるものです。本当に本人にとってステップアップになるなら良いのですが、本来であれば今の場所でステップアップしていけると良いですよね。 新陳代謝が「必要である」という考え方は、人を物と見ているんじゃないかなと感じますね……。もっと従業員を大切にしてほしいですね。去るものは拒まずというのは分かりますが。 若手を常に起用したいような会社は、新陳代謝が必要だと思うのかもしれませんね。そこに納得感があり、従業員も幸せを感じている上で、新陳代謝をすすめている会社でうまくいっているところもありますね。リクルートさんのように。 ただ、人を大切にしていない状態で入れ替わりを良しとするのは、従業員からいい印象を持たれないのではないかと思います。

幸せになるためには、もちろん努力が必要

家族も、対話の積み重ねや努力でいい家族になっていく。会社も同じ。

〜確かに、会社で幸せを感じられるようになると、前向きな気持ちで「この会社のために頑張りたい」と思うような気がします。〜 会社も、家族と同じように幸せであるべきなんです。基本仲がいい家族だけど、お父さんとだけは仲が悪いという形は、幸せではないですよね。 「お父さんは普段帰りが遅いけど、家族のために頑張ってくれている」と思って子どもが応援するような仲の良い家族は幸せですよね。 会社も家族に置き換えて考えてみればわかります。嫌なことは無い方がいいんですよ。「人間関係はいいけど仕事内容が不満だ」ということではなく、全てが満ち足りている様子を目指すべきだと思います。 「いやいや、がんじがらめでそんなの目指せない。」という方もいるかと思いますが、工夫すればできますよ。努力すればできるはずです。 社長のやり方が嫌いであれば社長に伝えてみて欲しいですね。もちろんそれはとてもストレスがかかることです。しかし、家族もみんなで対話して、努力することでいい家族になっていくもので、勝手に家族の絆が生まれるものではないですよね。 それと同じで、「もう無理だ」となる前にアクションをとっていけると良いですね。社長に直訴は無理だとしても、上司や違う部署の上長に話すという手もあるし、何か手はあるはずです。 〜お互いの努力が必要だということですね。家族であれば家族みんなの幸せを考えるのに、同じように毎日過ごしている会社に置き換えると、そう考えないのはなぜなんでしょうか。〜 資本主義が理念抜きで運用されているからですかね。「会社は利益を上げなければならない」と何百年も認識してきたからだと思います。 しかし、そもそもなぜ会社を作ったかというと、本来はみんなが幸せになるためだったはずなんですよね。それを忘れてしまっているのではないかと思います。 GoogleやFacebook、ザッポスなど、そこに気づいて取り組みを始めていますよね。同じように、日本でもそういうことに気づいた経営者が従業員の幸せについて考え始めているケースは増えてきています。 〜会社は家族と同じように、「幸せになるためにある」と考えると違和感が無いですね。はっとしました。〜 会社と家族を全く別にして考えるのは変ですよね。これまでのただの習慣で別物として考えていたんだと思います。「会社は社員の幸せのためにある」と聞くと、違和感を持つ方がまだ多いでしょう。「会社は利益を出すためにあり、家族は幸せのためにある」これまでただそう思い込んできただけなんだと思います。 逆に、「家族はお父さんの収入のためにある」って言われたら変ですよね。人は幸せになるために家族がいたり、会社で働いていたりしているんです。 〜「幸福学」を難しく捉えていました。忘れている当たり前のことを気付かされたように思います。〜 幸福学では、当たり前のことしかお話していないんですよね。根本的で当たり前のことを当たり前に考えることがいかに大人にとって難しいかが分かりますね。 例えば、「他人に感謝することが大切だ」「頑張っている人、やる気がある人はすごいね」「困っている人は助けよう」ということに「いや違う」と答える小学生はいません。当たり前のように理解できることなんです。 後編では、働く人の幸せのために、会社は何をしていけばよいのか、その方法についてご紹介いたします〜

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