企業内保育所とは?職場の保育園を導入するメリットや補助金を解説
優秀な人材の離職防止や、待機児童問題への対応として、企業内保育所の設置を検討する企業が増えています。企業内保育所は、従業員の仕事と育児の両立を支援し、安心感につながるだけでなく、企業の採用力強化にも寄与します。本記事では、企業内保育所を導入するメリット・デメリットから、開設にかかる費用や補助金、導入ステップ、企業事例までを網羅的に解説します。
企業内保育所とは
企業内保育所とは、企業の所在する建物の内部や近隣に開所される保育園のことで、いわゆる「職場の保育園」とも呼ばれます。主にその企業で働く従業員の子供を預かることを目的としています。
待機児童問題により地域の保育園に子供を預けられず「働きたくても働けない」という女性の社会進出を後押しし、妊娠・出産による離職率を下げるなどの効果が期待・注目されています。
政府は企業内に保育所を開設する場合、助成金を出すという「企業主導型保育事業」を実施し、導入する企業が年々増えています。児童育成協会の発表(※)によると、企業主導型保育事業の対象施設数は令和7年7月時点で4,280施設にのぼります。
※出典:児童育成協会「企業主導型保育事業の定員充足状況について(速報版)」(令和7年7月初日時点)
企業内保育所の種類
事業所内保育所
2015年に国は、待機児童の解消の対策として「子ども・子育て支援新制度」を実施しました。企業内保育所は「地域型保育事業」の1つとして認められ、認可を受けたものは「事業所内保育所」とされます。
認可を受けるには、施設の定員に応じて、市区町村で定められた地域枠を設け、地域の子供を受け入れることが求められるなど、所定の条件を満たす必要があります。
企業主導型保育所
さらに2016年より、「企業主導型保育事業」が実施されることになりました。これにより、地域枠の設定も自由であり、認可ではないものの、認可並みの助成金を受けることも可能になりました。
また、企業の従業員枠を設定することができ、企業内の子育て世代の多くが地域枠を必ずしも設ける必要がないなど、事業所内保育所よりも、より企業側の事情を配慮した要件に変わりました。
認可施設ではないため、屋外の運動場(近隣の公園などで代替可能)などの規定はありませんが、企業主導型保育所の場合、2歳以上、1人当たり3.3平方メートルという空間に対する規定があり、環境の良さも担保されています。
政府の助成金について
内閣府のパンフレットによると、東京都の特別区で、定員20人(乳児5人、1歳児5人、2歳児5人、3歳児5人)の企業主導型保育所を開所した場合、年額約3,325万円の運営費が助成されるというモデルケースも提示されています。
施設を整備する際の工事料金、土地の賃貸料なども助成の対象であり、余裕を持った助成内容が明記されています。
また、この企業主導型保育事業の特徴として、複数の企業で一つの保育所を運営することや、共同利用することも可能としています。自社だけで導入・運営することはハードルが高いと考えている事業所にも取り組みやすくすることが目的です。
事業所内保育所と企業主導型保育所は、認可施設と認可外保育施設という違いはありますが、助成も同程度受けることが可能であり、大差は無くなっていると言えるでしょう。
企業内保育所のメリット
企業内保育所の導入は、企業側・従業員側の双方にとって多くのメリットがあります。
【企業側】人材の確保・定着と組織力の強化
優秀な人材の確保と離職率の低下
ニュース等で取りざたされるように「待機児童問題」はいまだ解決されておらず、オフィスが集中する都心部ほど深刻な状況です。
そのため、優秀な女性の人材が妊娠・出産により離職してしまうというケースも見受けられます。企業内保育所があることで預け先を確保できれば、出産後も安心して仕事を継続でき、復職率の向上や離職率の低下につながります。
企業のイメージアップ
企業内保育所があるということは、子育て支援に積極的で、従業員に優しい企業であるというイメージアップにもつながります。「企業内保育所があるから」という理由が、入社を希望する理由の1つという社員もいるほどです。
地域の子供の受け入れる地域枠を設ける場合、さらに地域への貢献もでき、近隣住民の方々との良好な関係も期待できます。
保育士にとって働きやすい環境
多くの企業内保育園は土日祝日がお休みの場合が多いため、保育士にとって働きやすい環境といえます。また、通常の保育園ほど季節の行事が多くないという傾向もあります。
行事の準備時間による残業や持ち帰りの作業をする必要がないなど、保育士の負担感が減り、保育に専念しやすい印象があるようです。
【従業員側】仕事と育児の両立サポート
子供との距離が近く、連携がスムーズ
オフィスと同じ建物や近隣に保育所があるため、体調不良時なども保護者にすぐ連絡が取れ、退社時もすぐにお迎えに行けます。保育者と保護者がスムーズに意思疎通でき、子供の様子が伝わりやすいのが特徴です。休憩時間などを利用して子どもの様子を見に行けるよう配慮している企業もあります。
安心して仕事に復帰できる環境
最大のメリットは「預け先が確保されている」という安心感です。これにより、育児休業からのスムーズな職場復帰が可能になります。従業員は、復職のために自治体の保育園入園選考に奔走する必要がなくなり、負担が大幅に軽減されます。また、入園時期を気にせず、会社の業務状況に合わせた柔軟な復職プランを立てやすくなる点も大きな利点です。
企業内保育所のデメリット
メリットが多い一方、導入前に企業側・従業員側それぞれが把握しておくべきデメリットや注意点も存在します。
【企業側】コストと管理・運営の負担
開設・運営コストの発生
企業内保育所を開設するには、施設の整備費や備品購入費といった初期費用がかかります。また、開所後も保育士の人件費、施設の賃料、備品の補充などで継続的に運営費が発生します。 政府からの助成金である程度カバーできるとはいえ、企業の持ち出しがゼロになるわけではありません。
管理・運営の負担
自社で直接運営する「直営方式」の場合、保育士の採用・労務管理、園の運営管理など、専門的なノウハウが必要となり、担当部署の負担が大きくなります。
【従業員側】利用時の懸念点
利用者が通勤時に子供を同伴しなくてはいけない
保育所がオフィスと同じビル等に入っている場合、利用者が通勤時に子供を同伴する必要があるので、朝のラッシュ時などに電車に子供を乗せなくてはいけないという点があります。
企業の場所によっては、設けても連れていけないという方もいるでしょう。
テレワーク時の不便さ
働き方が多様化しテレワークが普及したことで、新たなデメリットも生じています。在宅勤務の日に、保育園に預けるためだけにわざわざオフィス近くまで子供を送迎するのは非効率であり、不便に感じるケースがあります。
転職・異動時の転園リスク
企業内保育所は、その企業の従業員であることを利用条件としている場合が多いため、親が転職や保育所のない拠点へ異動する際は、子供も退園し、新しい保育園を探さなければならないリスクがあります。
行事や集団行動の経験不足
地域の認可保育園に比べると、園庭や体育館などの施設がないことも多く、運動会や季節の大きな行事が簡素であったり、実施されなかったりする場合があります。 また、施設の規模によっては預かる子供の人数が少なく、多様な年齢の子供たちとの集団行動を通じて社交性を学ぶ機会が限定される可能性もあります。
企業内保育所の運営形態
企業内保育所を導入する際、運営形態は大きく直営方式と運営委託方式の2つに分かれます。
直営方式のメリット・デメリット
直営方式とは、自社で保育士を直接雇用し、人事部や総務部などが主体となって保育所を運営する方法です。
- メリット:
- 自社の企業理念や方針を保育内容に反映させやすい。
- 開所時間の調整や社内イベントとの連携など、従業員の就労形態に合わせた柔軟な運営が可能。
- デメリット:
- 保育士の採用、労務管理、育成まですべて自社で行う必要があり、管理部門の負担が大きい。
- 安全管理、教育プログラムなど保育運営の専門的なノウハウを一から構築する必要がある。
運営委託方式のメリット・デメリット
運営委託方式とは、保育所の運営を専門の外部業者に委託する方法です。多くの企業はこちらの方式を採用しています。
- メリット:
- 専門業者の持つ保育ノウハウを活用でき、質の高い保育サービスを安定的に提供できる。
- 保育士の採用や労務管理、安全管理などをすべて任せられるため、自社の管理負担を大幅に軽減できる。
- デメリット:
- 専門業者へ支払う委託費用が継続的に発生する
- 自社の理念や従業員の詳細なニーズを運営会社と密に共有し、反映させる必要がある。
企業内保育所の開設費用と補助金
企業内保育所の開設には、まとまった初期費用と継続的な運営費用がかかりますが、これらを大幅に軽減できる国の補助金や助成金制度があります。
開設・運営にかかる費用の目安
企業内保育所の開設にかかる初期費用は、施設の規模や立地、設備のグレードによって大きく変動しますが、一般的に数千万円から1億円以上が目安とされます。これには、物件取得費や賃貸の保証金、内装工事費、遊具や備品の購入費などが含まれます。
また、開所後の運営費用としては、保育士の人件費、施設賃料、光熱費、給食費、消耗品費などが発生し、月額数百万円規模になるのが一般的です。
これらのコストは、後述する補助金を活用することで、企業の負担を大きく減らすことが可能です。
活用できる補助金「企業主導型保育事業」とは
現在、企業内保育所を設置する際に最も活用されているのが、内閣府が所管する「企業主導型保育事業」の助成金です。これは認可外保育施設でありながら、認可施設並みの手厚い助成を受けられる制度です。
助成金は、大きく分けて以下の2種類があります。
- 整備費 施設を整備する際の内装・改修工事費、設備の購入費などの初期費用が助成対象となります。
- 運営費 保育所の定員や地域、開所時間などに応じて、人件費や事業費といった運営にかかる費用が助成されます。
例えば、公益財団法人 児童育成協会の資料(※)によると、東京都の特別区で定員20人(0~3歳児)の企業主導型保育所を開所した場合、年額約3,240万円の運営費が助成されるというモデルケースも提示されています。
また、この制度の特徴として、複数の企業で一つの保育所を共同で設置・利用することも可能です。自社だけで導入・運営することがハードル高い場合でも、他社と連携することで導入の実現性が高まります。
公益財団法人 児童育成協会|「企業主導型 保育事業助成金」の概要及び支給額等
企業内保育所の導入・開設ステップ
企業内保育所の開設には、多くのプロセスを要します。ここでは導入を検討する際の基本的なステップを4つに分けて解説します。
1. 社内ニーズの把握と基本方針(運営形態)の決定
まずは、自社の従業員がどれほど保育所を必要としているかを明確にします。アンケート調査などを実施し、「現在、何歳の子供が何名いるか」「保育の必要性」「希望する預かり時間」などを把握します。シフト勤務、時短勤務など、従業員の就労形態も考慮することが重要です。
この社内ニーズに基づき、以下の基本方針を決定します。
- 設置形態: 自社単独で設置するのか、複数の企業で共同設置・利用するのか。
- 運営形態: 自社で直接運営する「直営方式」か、専門業者に任せる「運営委託方式」か。
2. 設置要件の確認と設置場所の確保
企業内保育所として認められ、補助金の対象となるには、国が定める設置基準をクリアする必要があります。特に企業主導型保育事業では、保育士の配置基準、必要な面積(例:2歳以上1人当たり3.3平方メートル)、設備基準(例:子供20名につきトイレ1つ以上)などが細かく定められています。
これらの要件を満たせる設置場所を確保します。必ずしも企業内の建物である必要はなく、近隣や通勤経路内のビルなどでも可能です。保育施設として必要な広さ、乳児室・保育室、調理室、トイレなどが確保できるかを確認します。
3. 自治体への相談・申請手続き
保育施設を開所するにあたっては、消防法、食品衛生法、建築基準法など各種法令を遵守する必要があります。計画段階で所轄の自治体の担当部署に相談し、指導や助言を受けながら準備を進めることが大切です。
並行して、活用する補助金の申請手続きを進めます。企業主導型保育事業を利用する場合は、運営費や整備費の助成要項を確認し、審査機関である児童育成協会へ申請します。
4. 保育料の設定と開所に向けた準備
運営にかかるコストや助成金額、従業員の福利厚生という観点をふまえ、従業員が負担する月額の保育料を検討・決定します。地域の保育料相場も参考にするとよいでしょう。
最後に、開所へ向けた具体的な準備を進めます。
- 人材の確保: 直営方式で必要となる保育士や調理員などの募集・採用。
- 業者選定: 委託方式で必要となる運営委託業者や給食委託業者の選定・契約。
- 備品準備: 遊具、布団、衛生用品などの備品を揃えます。
- 利用者募集: 社内で入園希望者を正式に募集し、利用者を決定します。
これらの導入ステップは、補助金申請や設置基準のクリア、自治体との協議など、多くの専門的なノウハウを要します。
自社の人事部や総務部だけですべて対応するのが難しい場合は、導入支援サービスやコンサルティングを活用するのも一つの方法です。こうした専門サービスは、物件探しから複雑な申請サポート、運営体制の構築まで、開設プロセス全般を幅広く支援してくれます。
企業内保育所を導入する企業事例
ヤフー株式会社
ヤフーは、2018年7月に企業内保育所「ヒュッテ」を開所しました。Yahoo! JAPANの本社が入居するビル内にあり、企業主導型保育事業の助成金を活用して開設・運用されています。
月ぎめ保育は0歳児(生後57日)~2歳児まで、一時保育は1歳児~5歳児までを対象としています。保育士3名、保育補助2名、調理員1名で対応しているそうです。
絵本の蔵書が500冊など、知育にも力を入れています。従業員のために様々な工夫を凝らし、希望者にはオムツを保育所で用意したり、洋服や布団などを保育所内で洗濯する「手ぶら登園」を導入しています。
現在Yahoo! JAPAN社員の産休・育休後の復職率は96.1%だそうですが、さらなる改善を目標にしているそうです。
株式会社ブリヂストン
ブリヂストンの「ころころ保育園」は、2008年と以前から開所されている企業内保育所で、ブリヂストン社の技術センターと東京工場がある、国内事業所では従業員数が最も多い小平市に開所されました。
従業員の子育てをサポートし、仕事と家庭の両立を応援するという背景で、2013年には大幅な定員拡大も行っています。また、運営では委託会社を利用していることも記載しています。
多様な働き方へ | 働く環境 | 採用情報 | 株式会社ブリヂストン
トヨタファイナンス株式会社
トヨタファイナンス株式会社は、2019年4月に企業内保育所「トヨタファイナンス みんなのみらい保育園」を開園しました。
こちらの保育園は、様々なシフトで勤務する従業員に対応するため、年末年始を除き年中無休、時間も8時~21時で対応されています。
そのため、多様な働き方でもスムーズに職場復帰できるのが特徴です。また、地域の住民の子供達にも門戸を開いており、専用の入園枠を設定するなど、地域とのつながりも持てる企業内保育所となっています。
「トヨタファイナンス みんなのみらい保育園」の開園について|ニュースリリース
ダイバーシティ&インクルージョン | トヨタファイナンス株式会社
ホテル日航成田
ホテル日航成田では、2018年4月にホテル内別館のワンフロアを改装し、ホテル内保育施設「なりた 空の保育園」を開所しました。
ホテル日航成田、ホテルの協力会社、関係グループ企業内の従業員の子供を対象とした、定員最大100名の大型な保育所です。
ホテルという職場だけに就労形態も様々であり、土日祝も保育が可能であり、時間帯も7時~22時と受け入れ時間が長いことも特徴です。0歳(生後57日)から、小学校就学未満児を対象としています。
その他、宿泊やレストラン、宴会場を利用する顧客の子供に対しても、一時預かりも事前登録後に可能としています。
ホテル内保育施設「なりた空(そら)の保育園」|ホテル日航成田のご案内
GMOインターネットグループ
GMOインターネットグループの社内託児所「キッズルーム GMO Bears」は2011年に開所され、「世界一の託児所」を目指しています。
手作りの温かみのあるおもちゃや、見ているだけで楽しくなる内装インテリアなど、「都会の真ん中」「園庭が無い」などのデメリットを感じないような育児を工夫しているのがホームページからも感じられます。
オムツや布団などは全て園側で用意し、通勤時の荷物は子どもの1日分の着替えだけで良いという手軽さも、従業員への配慮が伺えます。
従業員ニーズとコストをふまえ導入検討を
企業内保育所の開設には、多くのプロセスやコストが必要です。しかし、優秀な人材の確保や離職率の低下、企業イメージの向上といったメリットは大きく、従業員の定着率向上にも寄与します。
また、運営に関しても、専門業者へ委託する方式を選べば、自社の管理負担を大きく減らすことが可能です。
まずは自社の従業員ニーズを正確に把握し、補助金・助成金の活用や運営の委託なども視野に入れ、総合的に導入を検討しましょう。













