強い組織づくりのために、会社は「誰」に「何」をするべきか?
働き方改革が進められ、2019年4月からは働き方改革法が適用開始となります。それに伴い、有給休暇制度を整えたり、残業規制の施策を実施したりと、企業の担当者の方は法改正に対応した管理を進めていることと思います。
一方、そのような働き方改革を進めても、「人手不足」や「離職」などの課題を抱える企業は少なくありません。
他社と差別化していくには、個人のスキルだけに依存するのではなく、「強い組織づくり」、すなわちエンゲージメントの高い会社づくりを行いながら、人手不足に備えていくことも必要です。
では、どのようなアプローチをすることで、そのような強い組織づくりができるのか、名古屋大学にて人事管理論・組織論を研究されている江夏幾多郎先生と、株式会社スタメン代表取締役社長加藤厚史にて対談を行いました。
※江夏幾多郎先生は、2019年5月より、弊社サービスTUNAG(ツナグ)のアドバイザーに就任いただいております。
■プロフィール 江夏 幾多郎(えなつ・いくたろう) 神戸大学経済経営研究所・准教授 2003年一橋大学商学部卒業、2008年名古屋大学大学院経済学研究科講師、2011 年名古屋大学大学院経済学研究科准教授を経て、2019年より現職。 人事管理論を専門とし、主な論文として、「人事システムの内的整合性とその非線形効果」(『組織科学』第45 巻3 号、2012 年。第13 回労働関係論文優秀賞受賞対象論文)、著書として、『人事評価における「曖昧」と「納得」』(NHK出版新書、2014年)。2019年5月よりTUNAG(ツナグ)のアドバイザーに就任。
強い組織をつくるには?
2:6:2の「中間層」へのアプローチがヒントになる
加藤:今日はお時間をいただきありがとうございます。先生とゆっくりお話しするのは4回目でしたでしょうか。初めての「インタビュー形式」ということで、色々とお話を聞かせていただけたらと思っております。改めて伺うのですが、先生は今どのような研究をされているのでしょうか? 江夏様(以下敬称略):人事管理論を専門としているのですが、大きく2つあります。1つは、人事が「組織」にどのような影響を与えているのかということ。 人事から「個人」への影響は比較的見えやすいですよね。教育訓練の機会を設けた後の変化ですとか。そういった個人の変化ではなく、「組織」のレベルで何が起きているのかということを研究しています。 複数の変数を個人データから組織のデータに変換した時、“本当に組織に影響しているのは何なんだろう”ということを研究していますね。 もう1つは、例えば1on1ミーティングのような施策で組織活性化する仕組みはどんなものなのかというような研究です。 職場のコミュニケーション頻度、人と人との距離を調べながら、何を話すべきなのか、1on1ミーティングの後に何が変わったのかを、日常業務を通して調査しています。「使える1on1ミーティングとは何なのか」を実証実験を通して調べているような感じですね。 加藤:なるほど。お話された研究の1つ目の話でいうと、今までの人事からのアプローチや、人事施策、社内活性化施策は、いわゆる「上の方の層」に焦点が当たっていると感じているんです。2:6:2の法則でいうと、上位の2に対してですね。 仮説ではあるのですが、私たちは真ん中の6の中間層の底上げこそが組織の活性化につながるのではないかと思っているんですが、いかがでしょうか? 江夏:そうですね。中間層を1、2段階上げていくアプローチは意識的に行う方が良いですね。どうアプローチすれば、その中間層がもっと活性化するのかは今行っている実証実験からも分かるかもしれません。 加藤:そうなんです。上の層の人材を増やそうとしたり、そこへのアプローチばかり行っていても、強い組織になるとは限らないんですよね。 野球に例えると、「全員4番レベル」を集めたのに勝負には勝てないみたいなこともあるじゃないですか。中間層へのアプローチによって、組織全体が活性化し、つながりがより強固なものになるのではと考えています。同じ施策でも「効果が出る会社」と「出ない会社」がある理由
もともと持っていた「組織の良さ」が引き出されるとうまくいく
加藤:たまに「サンクスメッセージを実施したい」というお問い合わせがあるのですが、サンクスメッセージって、それをやることで業績が上がる会社と、うまくいかない会社があるように思います。 江夏:そうですね。サンクスカードの例で言うと、その施策がきっかけで、もともとその組織が持っていた「強さ」が引き出されたということも考えられます。 例えば、「人に感謝などの思いを伝えたい」という気持ちを持っているチームなのに、恥ずかしいとか、忙しいとか、機会が無いとか……そういった理由でできていなかった場合、サンクスカードをきっかけに大きく変わることができますよね。 サンクスカードなどの施策を入れるよりも、まずは違う形で組織風土の醸成が必要なケースもあるでしょう。組織ごとに、その組織に合う“施策”は異なるのではないでしょうか。「なぜそれをやるのか」という仮説がなければうまくいかない
江夏:そもそも、「なぜそれをやるのか」という、施策を実行する前の“目的”や“仮説”は絶対必要ですよね。 加藤:おっしゃるとおりですね。弊社も、お客様にヒアリングさせていただく中で、「御社ではサンクスカードをやると、逆効果かもしれませんよ」とお話することもあります。 江夏:同じ1on1ミーティングを実施するのであっても、組織文化が会社によって全くことなりますので、仮説を立てて走らせないと、逆効果になることもあると思います。 加藤:1on1やサンクスカードのような施策をなんとなくスタートさせてしまうと、本来追うべき目標に対する意識を、逆に“緩く”してしまうことがあるように思います。なんとなくの雰囲気で「ありがとう」という言葉をかけるようになり、みんなで慣れ合いの文化だけが盛り上がってしまったりするようなケースです。人の弱さを補うために「組織」がある
人は機械では無い。不完全なところ、弱さを踏まえて「組織」で補う
江夏:最初はどちらかといと経営学や組織論から入ったので、「ありがとうを伝える」なんていうことをバカにしていたんですよね(笑)ですが、組織のことを研究すればするほど、人間って弱いんだな、機械とは違うんだなと思うことが増えました。 「ありがとう」と言われるとと嬉しいですし、承認された気持ちになります。そういうことに改めて気づきました。サンクスカードなどによって「ありがとう」を伝えるのは、人間の弱さも含めて“認める”という考え方も根底にあるのではないかと思います。 「私たちってお互い認め合わないと成り立たないんだよ、だから、感謝を伝えて支え合うことも必要なんだよ」というメッセージになるといいますか。 組織として成果を出すことももちろん必要ですが、人間は機械ではありませんので、強いものであるという前提に立ちすぎず、人や組織の弱さも踏まえたうえでコミュニケーションを考えることも大事じゃないかと思いますね。 加藤:人の弱さを前提に組織づくりを考えるというのは、まさにそう思います。 江夏:もともと人間は、意思決定や情報処理の合理性に限界があるんです。それは古くから言われていました。だからこそ、「一人じゃできない」ということを補うために組織があるはずなんですよね。個人のスキル差が生まれにくくなってきた今だからこそ、組織の土壌づくりが重要
江夏:最近では「こういう能力が必要」「こういう意識を持て」……と、人に対して“強い”アプローチが多いように思います。もちろんそれも必要ですが、人間にはへこたれてしまう時、弱音を吐きたくなる時もあります。 誰かに聞いて欲しい時もありますよね。そんな“感謝されたい”、”見栄を張りたい”ようなところも含めて、組織で支え合うという考え方もあっていいんじゃないかと思うんです。 加藤:情報共有の仕組みが進み、教育システムも発達し、得られるスキル自体には大きな差が出なくなってきています。だからこそ、先生がおっしゃるように、そこへ向かう姿勢や気持ちなど、人と組織の土壌づくりが大事になってきていると思います。組織を変える情報の伝え方
情報の背景や想いを伝えるだけで、組織は大きく変わる
江夏:今は情報量も多いですし、意思決定の機会も増えています。競合との差別化が難しくなり、業務の難易度が上がっていますよね。そういう時に、「誰が言ったのか?」「その想いは?」というような、情報がどんな文脈に乗ったものかをしっかり見ることも大事なのではと思います。 会社として、「それは誰の何のメッセージなのか」「なぜそう言ったのか」、そういった情報も含めて伝え合える組織が必要になると感じています。 加藤:情報を文脈に乗せるっていうのはおっしゃる通りだと思います。某大手企業の会社様のお話なのですが、「社員のために新しい機械を入れたい。これを入れると労働生産性が上がるから」と、何千万というお金をかけて新しい機械を入れたんですね。 その導入決定までの過程を、役員陣は知っているんですが、現場のメンバーは、「使い慣れた機械から最新の機械に急に変えられた」というネガティブな受け取り方をしてしまったんです。結果、不満がすごく出てしまって。 「こうしていきたいんだ」「この課題を解決したいんだ」という想いと、そこへの「過程」がちゃんと伝わっていればこのような反発を防げたかもしれません。情報過多な時代だからこそ、こういった一つの施策に対する「想い」の「過程の共有」に価値が出てくるのかもしれません。 江夏:おっしゃるとおりですね。情報に圧倒されて感情がまわらなくなっているからこそ、あえてそういうところまでこだわって発信し、人に寄り添っていければ、組織としての優位性につながっていくのではないでしょうか。 加藤:弊社のお客様の事例ですと、例えば、レストランで働くスタッフに対して「新しいメニューできました、今月は頑張って売りましょう」とただ伝えるよりも、「シェフが試行錯誤して、仕入れは遠方まで行ってこだわって……」と、動画にしてみんなに伝えることで、そのメニューの販売量が大きく上がったことがあります。 江夏:スーパーなどで「この人がつくりました」のポップがあるだけで違うのと同じですよね。最近は人って何かの「体験」を求めているように思います。 情報をただもらえばいいのではなくて、「あの人から受け取った」という体験の方が重視されている。単なる情報の授受ではなく、そこに相手があって生まれるコミュニケーションに熱量があるというか。そういったコミュニケーションを組織の中でも意識的に行うと良いのではないでしょうか。今後、会社の価値には、「人と組織の強さ」も含まれるようになる
業績など、パフォーマンス向上だけを目標にした組織づくりには限界がある
江夏:人事の役割といえば、「組織のパフォーマンス向上」や「業績につながる成果」を出すためにどう動くか。というものだったと思いますが、それには限界があるのかなと感じています。 売上などのお金に換算されない価値、お金に換算すべきでない価値があると思っていて、そういうものを測れる“ものさし”を作ることも大事ですよね。 「エンゲージメント経営を行えば会社も儲かりますよ」っていうのも間違ってはいません。ですが、エンゲージメントが高い組織、それ自体に価値があると思います。 加藤:そうですね。今は、どちらかというとビジネスモデルやその収益性などがそのままイコール「企業の価値」として判断されがちですが、「人と組織」の強さ、信頼関係を基礎とするエンゲージメントも企業の価値になるはずです。そういった指標づくりも重要なところだと思います。目指すゴールやビジョンを一緒に作り、共有する
江夏:企業として継続することはもちろん大事です。ですが、関わる人たちに対して「私たちってここを目指しているよね」ということをお互いが認識しておくのは重要だと思います。みんなでゴールを目指す過程も大事ですし、そのゴールをみんなでつくるというステップも大事です。 トップが決めたゴールが先にあって、そこに社員を巻き込む順序では、社員が経営の手段になってしまって、ある種モノ扱いになってしまうこともあります。そうなると、組織と人に対する考え方に、現場とトップのギャップが生まれてしまうのではないでしょうか。 経営者も社員も一緒に、「みんなで一つの目標を描いていく」ということは、組織のこれからの形として強い組織の形の一つになるのではないかと思います。〜江夏先生、ありがとうございました!組織で働く社員に対して、情報をどのように伝えていくのか、その「過程」に対する工夫によって、伝わり方やその後の行動が大きく異なるのではないかと感じました。伝え方を工夫するには、そもそも「なぜ」それをやるのか、「どうなりたいのか」というゴール、ビジョンの共有も必要です。会社全体のコミュニケーションのあり方をもう一度考え直してみよう、そう感じる機会となりました。〜