嘱託社員とは?正社員・契約社員との違いと企業が知るべき制度の基礎知識
少子高齢化が進む中、企業にとって経験豊富な人材の活用は重要な経営課題となっています。定年退職者の再雇用制度として注目される「嘱託社員」ですが、その具体的な仕組みや他の雇用形態との違いを正しく理解できているでしょうか。本記事では、嘱託社員制度の基本知識から法的な留意点、活用メリットまで詳しく解説します。
嘱託社員とは何か
近年、定年後の人材活用策として嘱託社員制度を導入している企業が増えています。しかし、制度の詳細や他の雇用形態との違いを曖昧に理解している企業も少なくありません。
適切な制度設計のために、まずは嘱託社員の基本概念を整理しましょう。
嘱託社員の定義と基本知識
嘱託社員とは、企業が特定の業務を委託する形で雇用する従業員のことです。一般的には有期雇用契約を結びます。
嘱託社員には「特定の業務に対する専門性」「有期契約」という2つの特徴があり、多くの場合、定年退職した正社員を再雇用する際に活用されています。
他の雇用形態との違い
嘱託社員と他の雇用形態には、以下のような違いがあります。
正社員との違い
- 雇用期間:正社員は無期雇用、嘱託社員は有期雇用
- 給与体系:正社員は月給制が多く、嘱託社員は時給制や日給制も選択可能
- 昇進・昇格:正社員には昇進の機会があるが、嘱託社員は基本的にない
- 福利厚生:正社員と同等の場合もあるが、一部制限される場合が多い
契約社員との違い
- 業務内容:契約社員は幅広い業務、嘱託社員は特定の専門業務
- 採用背景:契約社員は新規採用が多く、嘱託社員は再雇用が中心
- 経験・スキル:嘱託社員は既存の専門知識を前提とする
派遣社員との違い
- 雇用関係:派遣社員は派遣会社との雇用関係、嘱託社員は直接雇用
- 指揮命令権:派遣社員は派遣先企業、嘱託社員は雇用企業
- 責任範囲:嘱託社員の方が責任ある業務を担当することが多い
嘱託社員の雇用契約と労働条件
嘱託社員の雇用契約では、以下の項目を明確に定める必要があります。
契約期間と更新条件
契約期間は1年更新が最も一般的です。更新の判断基準として、業務遂行能力、健康状態、会社の経営状況などを明記しておくことが重要でしょう。
勤務時間と休日
フルタイム勤務から週◯日勤務までなど、柔軟な働き方を設定できます。例えば、週4日勤務で1日6時間労働といった短時間勤務も可能です。
給与体系
時給制、日給制、月給制から選択できます。
嘱託社員の法的な位置付けと企業の留意点
嘱託社員を雇用する際は、労働法令を正しく理解する必要があります。特に社会保険の取り扱いや同一労働同一賃金の原則には注意が必要です。
以下、法的な位置付けや雇用する上での注意点について見ていきましょう。
嘱託社員の社会保険の取り扱い
嘱託社員の社会保険加入は、事業規模や労働時間、労働日数によって決まります。加入条件は以下の通りです。
- 厚生年金保険の従業員数が51人以上
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 所定内賃金が月額8.8万円以上
- 2カ月を超える雇用の見込みがある
- 学生ではない
上記の条件を満たしている場合、企業は嘱託社員を社会保険に加入させなければなりません。
参考:パート・アルバイトの皆さんへ 社会保険の加入対象により手厚い保障が受けられます。 | 政府広報オンライン
同一労働同一賃金と嘱託社員の待遇
2020年4月から施行された同一労働同一賃金の原則により、嘱託社員の待遇設定には特に注意が必要になりました。
まず基本給についてです。正社員と嘱託社員が同じ職務内容を担当し、責任の程度も同等である場合、不合理な待遇差は法律で禁止されています。
例えば、同じ営業業務を行い、同じ目標設定で働いているにもかかわらず、雇用形態だけを理由に大幅な賃金差を設けることはできません。
ただし、定年後の再雇用については例外的な扱いが認められています。定年を機に職務内容を変更したり、働く時間を短縮したりする場合、合理的な理由があれば一定の賃金減額は可能です。
重要なのは、その理由を明確に説明できることでしょう。
福利厚生の扱いも見落とせないポイントです。食堂や休憩室、更衣室などの福利厚生施設は、全ての従業員が平等に利用できる環境を整備する必要があります。
これらは労働環境の基本的な条件として、雇用形態による差別は認められません。
無期転換ルールと雇い止めの注意点
嘱託社員制度で最も注意すべきは「無期転換ルール」です。
このルールは、同一使用者との有期契約が通算5年を超えた場合、労働者は無期雇用への転換を申し込む権利を得るというものです。企業はこの申し込みを拒否できません。
例えば、定年退職者を1年契約で再雇用し5回更新すると、6年目には事実上の正社員と同じ雇用保障が発生します。また、無期転換を避ける目的での雇い止めは法的に無効とされる可能性があります。
企業は長期的な人事戦略の策定が不可欠といえます。契約期間の設定や就業規則の見直しなど、制度運用の透明性確保が重要です。
嘱託社員を雇用するメリットとデメリット
嘱託社員制度の導入を検討する際は、企業にとってのメリットとデメリットを十分に理解することが重要です。特に人件費の最適化と人材活用のバランスを考慮した判断が求められます。
企業が嘱託社員を雇用するメリット
嘱託社員制度で最も大きなメリットは、経験豊富な人材を確保できることです。長年の業務経験とノウハウを持つ人材を活用することで、技術継承や後進指導において大きな価値を生み出します。
一例として、製造業で定年退職した熟練工を嘱託社員として再雇用し、技術伝承に活用するといったケースが挙げられます。
他に、人件費の面でのメリットもあります。正社員と比較して給与水準や労働時間を調整しやすいため、閑散期には雇用を減らし、繁忙期に必要なリソースを確保するといった人件費の調整がしやすくなります。
また、即戦力として活用できることで、教育コストを大幅に削減できるのも、嘱託社員を雇用するメリットといえるでしょう。
嘱託社員を雇用するデメリットとリスク
一方で、嘱託社員制度には注意すべき課題もあります。最も大きな課題は、契約管理の複雑化です。契約更新の判断や労働条件の設定など、正社員以上に細かな管理が必要になります。
また、昇進・昇給の機会が正社員と比べて少ないなどの待遇面における制約から、働く意欲の維持が困難になる場合もあります。
法的リスクの増大も見逃せません。同一労働同一賃金や無期転換ルールなど、複雑な法令対応が求められます。不適切な運用により法的トラブルに発展するリスクがあるため、慎重な制度設計が必要でしょう。
嘱託社員の雇用は、上記のデメリットやリスクへの対応を十分に検討した上で進めなければなりません。
嘱託社員制度を活用している事例
実際に嘱託社員制度を効果的に活用している企業の事例を見ることで、制度設計のポイントと成功要因を理解できるでしょう。
大和ハウス工業のシニア社員活用
大和ハウス工業では、労働力不足対策として段階的にシニア社員制度を拡充してきました。2003年に定年後の「嘱託再雇用制度」を導入したものの、60歳定年後に残る社員は半分程度でした。従来の嘱託制度では年収が定年前の5~6割程度で賞与も年間2カ月固定だったため、人材流出が課題となっていました。
そこで2013年に業界先駆けとして65歳定年制を導入し、60歳で役職定年となるものの期間の定めのない職員として継続雇用する制度に変更し、賞与も業績連動とし、年収水準を定年前の7~8割程度まで向上させました。
さらに2015年には65歳以降も働き続けられる「アクティブ・エイジング制度」を導入し、1年更新の嘱託として年齢上限なしに雇用継続を可能にしています。
参考:「大和ハウス工業のシニア社員活用の実態」|独立行政法人労働政策研究・研修機構
昭和造園土木株式会社のケース
昭和造園土木株式会社(岐阜県、従業員70人)では、高齢者の豊富な経験を生かした嘱託社員制度を導入しています。
剪定した樹木をチップ化して堆肥にするなどSDGsの取り組みにも積極的で、安全第一の作業を心掛けています。
同社では造園業界における技術継承と人手不足対策として、意欲ある高齢者を貴重な戦力として位置づけており、「からだが動く限り働きたい」という意欲に応える雇用環境を提供しているのです。
参考:シニア活用企業事例集|厚生労働省委託事業 岐阜県生涯現役促進地域連携事業
嘱託社員制度の理解と適切な活用が企業の成長を支える
人口減少と高齢化が同時に進行する現在、嘱託社員制度は企業にとって重要な人事戦略の一つとなっています。制度を適切に設計・運用することで、経験豊富な人材の活用と人件費の最適化を両立させることができるでしょう。
嘱託社員制度を導入する際は、法的要件の順守はもちろん、企業の事業戦略と人材戦略の整合性を図ることが重要です。
また、制度導入後も定期的な見直しと改善を行い、時代の変化に対応した制度運用を心掛けましょう。