懲戒解雇とは?正当な理由・手続き・リスクを人事担当者向けに解説
従業員による重大な規律違反が発生した場合、懲戒解雇という選択肢を検討することになりますが、法的リスクが高く、慎重な判断が求められます。感情的な判断ではなく、法的根拠と適正な手続きに基づいた対応が必要です。本記事では、懲戒解雇の定義から具体的な手続き、そして企業が抱えるリスクと対策まで、人事担当者が知っておくべき情報を詳しく解説します。
懲戒解雇とは何か?その定義と位置付け
企業で「懲戒解雇」という言葉を耳にすると、最も重い処分であることは理解できても、具体的にどのような定義や手続きが必要なのかを正確に把握している方は少ないのではないでしょうか。
まずは懲戒解雇の基本から理解していきましょう。
懲戒解雇の定義と法律上の根拠
懲戒解雇とは、従業員が就業規則に定められた懲戒事由に該当する重大な非違行為を行った場合に、企業が科す最も厳しい懲戒処分です。
通常の解雇とは異なり、従業員の重大な責任を問うものであり、退職金の減額や不支給などの不利益が伴うことが一般的です。
労働契約法第15条では「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」と定められています。
つまり、懲戒解雇が有効となるためには以下の条件を満たす必要があります。
- 就業規則に明確な規定があること:懲戒解雇の事由が就業規則に明記されていること
- 客観的に合理的な理由があること:解雇事由が客観的事実に基づいていること
- 社会通念上相当であること:行為の内容・程度と懲戒処分の均衡が取れていること
これらの条件を満たさない懲戒解雇は、権利の濫用として無効となる可能性が高いため注意が必要です。
参考:労契法 15 条(懲戒)、16 条(解雇)の両規制が適用|厚生労働省
普通解雇・諭旨解雇との違いとは
懲戒解雇を正しく理解するためには、他の解雇類型との違いを把握することが重要です。主な解雇の種類とその違いは以下の通りです。
普通解雇
- 懲戒的要素を含まない解雇
- 能力不足や勤務態度不良など、労働契約を継続することが困難な場合に行われる
- 原則として30日前の解雇予告または解雇予告手当の支払いが必要
- 退職金は社によっては通常通り支給される
諭旨解雇
- 懲戒解雇事由に該当するが、情状酌量の余地がある場合に適用
- 従業員に退職願の提出を促し、これに応じない場合は懲戒解雇とする
- 自主退職の形を取るため、懲戒解雇よりも不利益が少ない
- 退職金は減額されることが多いが、全額不支給とはならないケースが多い
このように、懲戒解雇は他の解雇と比較して従業員にとって最も不利益が大きく、企業側の法的リスクも高いため、慎重な判断と適正な手続きが求められます。
懲戒解雇が適用される具体的なケース
懲戒解雇が適用されるケースを理解しておくことで、どのような行為が最も重い処分に値するのかの判断基準になります。以下に具体例を示します。
横領・背任行為
会社の金銭や物品の着服
例:経費の水増し請求、会社資産の私的流用
暴力行為
職場内での暴力や脅迫
例:同僚への暴行、顧客へのハラスメント
秘密漏洩・競業避止義務違反
企業機密情報の外部漏洩
例:顧客情報持ち出し、技術情報の競合他社への提供
信用毀損行為
会社の社会的信用を損なう行為
例:虚偽情報のSNS拡散、業務中の犯罪
長期無断欠勤
- 理由なく長期間無断欠勤
- 例:連絡なく2週間以上欠勤、督促無視
重大なハラスメント
深刻なセクハラ・パワハラ
例:継続的な暴言・嫌がらせ、性的行為の強要
判断には行為の悪質性、会社への影響度、過去の処分例との均衡性を総合的に考慮します。
懲戒解雇の手続きの手順
懲戒解雇を行う際には、適正な手続きを踏むことが非常に重要です。手続きに瑕疵があると、たとえ実質的に懲戒解雇に値する行為があったとしても、裁判で無効とされるリスクがあります。
ここでは、懲戒解雇の標準的な手続きの流れを解説します。
1.該当行為の調査
懲戒解雇の検討を始める最初のステップは、問題となる行為の事実関係を徹底的に調査することです。
防犯カメラや業務記録、メールのやりとりなどによる客観的証拠の収集、関係者からのヒアリングを行います。
例えば、横領の疑いがある場合は、経理記録、入出金履歴、関係者の証言などを収集し、事実関係を明確にします。
この調査が不十分だと、後の手続きや訴訟で不利になる可能性が高いため、慎重かつ徹底的に行いましょう。
2.懲戒解雇事由に該当するか検討
収集した証拠を基に、対象となる行為が就業規則に定められた懲戒解雇事由に該当するかを慎重に検討します。
この検討段階では、できれば複数の関係者(人事部門、法務部門、上長など)で協議することが望ましいでしょう。
また、必要に応じて社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談することも検討すべきです。
3.弁明の機会を与える
懲戒解雇を検討している従業員に対して、弁明の機会を与えることは、適正手続きの観点から非常に重要です。
最高裁判決でも、「懲戒処分を行うに当たっては、労働者に弁明の機会を与えるべき」との判断が示されています。
弁明の機会は形式的なものではなく、真摯に従業員の言い分に耳を傾ける姿勢が重要です。
新たな事実や情状酌量の余地が見つかれば、懲戒の程度を再検討することも必要でしょう。
4.懲戒解雇通知書の作成と通知
ここまでの手続きを経て懲戒解雇を行う決定をした場合は、懲戒解雇通知書を作成し、本人に通知します。この文書は後の訴訟になった場合の重要な証拠となるため、慎重に作成しましょう。
懲戒解雇通知書に記載すべき事項(表題・交付年月日・氏名以外)
- 解雇の種類と発効日:懲戒解雇であることと、いつから効力が発生するかを明記
- 解雇理由の具体的内容:どのような行為が就業規則のどの条項に違反したのかを具体的に記載
- 就業規則の該当条文:適用される就業規則の条文を明記
- 会社の調査で確認された事実:調査で判明した事実関係を簡潔に記載
- 弁明の機会を与えた事実:いつ、どのような形で弁明の機会を与えたかを記載
通知方法は、内容証明郵便で送付するか、直接手渡しする場合は受領書にサインをもらうなど、確実に本人に届いたことを証明できる方法を選びましょう。
また、解雇通知と同時に、健康保険被保険者証の返還や会社貸与物の返却などの必要手続きについても案内します。
懲戒解雇のリスクと企業の対応策
懲戒解雇は企業にとってさまざまなリスクを伴います。これらのリスクを理解し、適切に対応することが重要です。ここではリスクとその対応策について解説します。
不当解雇と判断されるリスクとは
懲戒解雇が裁判で無効と判断されるリスクは、企業にとって大きな問題です。不当解雇と判断されるケースには、以下のようなものがあります。
不当解雇と判断されるリスク
- 就業規則への明記不足:懲戒解雇事由が就業規則に明確に定められていない場合
- 手続きの不備:調査不足や弁明の機会を与えていないなど、適正な手続きを踏んでいない場合
- 処分の均衡性欠如:行為の重大性に比して処分が重すぎると判断される場合
- 証拠不足:非違行為の証拠が不十分で事実認定が困難な場合
- 他の従業員との取扱いの不均衡:同様の行為に対して異なる処分を行っていた場合
不当解雇と判断された場合、企業は慰謝料の支払いや企業イメージの低下などのリスクに晒される可能性があります。
リスクを減らすための対策
懲戒解雇に伴うリスクを軽減するための対策として、事前・検討時・解雇後の対応と分けて考える必要があります。
まず事前には就業規則で懲戒事由を明確化し、社内周知と処分の一貫性を確保しましょう。解雇検討時は専門家に相談し、客観的証拠を集め、弁明機会を必ず設けます。
解雇後は関連書類を保存し、プライバシーに配慮した社内説明と再発防止策の検討が重要です。
これらの対策は懲戒解雇という高リスク処分の安全策となります。日頃からの適切な規則整備と運用が、問題発生時の混乱を最小化する基盤となるのです。
懲戒解雇は正しい知識と準備が重要
懲戒解雇は「最後の手段」であり、他の対応の可能性も十分に検討した上で判断すべきです。人事担当者は、法的リスクを最小限に抑えつつ、職場の秩序を維持するという難しいバランスを取る必要があります。
そのためには、最新の法律知識を身に付け、専門家のサポートを受けながら、公正かつ適正な人事管理を行うことが重要です。
また、懲戒解雇に至る前に、問題が大きくならないよう予防的な取り組みも重要です。定期的な従業員面談や研修、相談窓口の設置など、早期に問題を発見し対応できる体制を整えることで、懲戒解雇のような重い処分を選択せざるを得ない状況を減らすことができるでしょう。