人的資源管理とは?5つのモデル・実践施策・課題解決策を詳しく解説

企業の持続的な成長を支えるためには、「人材戦略」が重要な鍵を握ります。
中でも、従業員を単なる労働力ではなく「人的資源(人財)」と捉え、その能力を最大限に活用する考え方が人的資源管理(HRM)です。

本記事では、HRMの基本概念から代表的な5つのモデル、実践施策、先進企業の取り組み事例、さらに運用上の課題とその対策までを体系的に解説します。

人的資源管理の基本概念

バブル崩壊後の1990年代以降、日本企業でも年功序列から成果主義への移行が進む中で、人的資源の有効活用が経営の成否を左右する要素として認識されるようになりました。

まずはHRMの基本的な考え方と、旧来の人事管理との違いを明確にしていきます。

人的資源管理(HRM)とは何か

HRM(Human Resource Management)は、人材を企業の重要な経営資源と位置づけ、戦略的に活用するマネジメント手法です。

単なる労働力としてではなく、個人の成長可能性や意欲、組織への貢献意識に注目し、体系的な採用・育成・評価・報酬制度を構築することで、全社的なパフォーマンス向上を図ります。

日本では少子高齢化や働き方の多様化に伴い、柔軟で持続可能な人材戦略としてHRMの導入が急務となっています。

人的資源管理と人事労務管理の違い

人事労務管理(Personnel Management)は、労働者を「コスト」と見なし、規則や制度の下で労務を管理・統制することを目的としています。

典型例としては、年功序列や終身雇用制度が挙げられます。一方、HRMは従業員を「戦略的資源」と捉え、各人に適した教育や成長機会を与えることで、その能力を引き出し、組織の目標達成に貢献させるアプローチです。

たとえば、従来は年次やポストに応じて画一的に昇進・昇給が決まっていた場面でも、HRMでは成果や能力をベースに個別最適な人事判断が行われます。

このように、マネジメントの焦点が「制度」から「人」へと移っている点が大きな違いといえます。

人的資源管理の5つのモデル

人的資源管理(HRM)を効果的に運用するためには、理論的なフレームワークの理解が欠かせません。

企業が自社に適した人材戦略を構築する際の指針となるのが、HRMモデルです。本節では、それぞれのモデルの特徴と活用のポイントを詳しく解説します。

ミシガンモデル

ミシガンモデルは、1980年代にアメリカのミシガン大学の研究チームによって提唱された人的資源管理(HRM)の理論です。
別名「マッチングモデル」とも呼ばれ、会社の経営戦略と人事施策(採用・育成・評価・報酬)を一貫して結びつけることを重視します。

たとえば、企業が「海外市場への拡大」を目指すなら、海外で活躍できる人材を採用・育成し、その成果に応じた報酬制度を整えるというように、戦略に合わせた人事運用が求められます。

このモデルでは、すべての人事機能がバラバラに動くのではなく、戦略と整合性を持って連動していることが理想とされます。

ハーバードモデル

ハーバードモデルは、1980年代にハーバード大学の研究者たちによって提唱されたHRMモデルで、企業と従業員の「相互関係」に焦点を当てた「ソフトHRM」の代表的理論です。
このモデルでは、人材マネジメントを「人的資源フロー」「報酬」「職務システム」「従業員への影響力」の4つに分け、それらが労働市場や法律、従業員の価値観などの外的要因とも連動して設計されるべきだと説いています。

単に利益を出すだけでなく、従業員の満足度や働きがい、組織文化との調和を重視するのが特徴で、持続可能な経営を目指す企業に適しています。

高業績HRM(PIRK理論)

PIRK理論は、業績の高い企業が共通して実践している4つの人材マネジメント要素に注目した理論で、それぞれの頭文字を取って名づけられました。

「Power(権限移譲)」「Information(情報共有)」「Reward(公正な報酬)」「Knowledge(知識の移転・共有)」の4つをバランスよく整えることで、従業員のやる気やエンゲージメントを高め、組織の成果を伸ばすことを目指します。

現場に一定の裁量を与えて意思決定を任せたり、評価や報酬をオープンにすることで、社員の信頼と帰属意識が高まるといった効果が期待されます。

高業績HRM(AMO理論)

AMO理論は、「従業員が最高のパフォーマンスを発揮するには、3つの要素が必要である」という考え方に基づいています。
その3つとは、「A:Ability(能力)」「M:Motivation(やる気)」「O:Opportunity(機会)」です。

たとえば、しっかりと研修を受けた社員が、やりがいのある目標を与えられ、自由に意見を出せるような職場環境があれば、自然と成果が出やすくなるでしょう。

このモデルは、能力開発・評価制度・職場環境の整備という3つの観点から、人材を総合的に活用する戦略フレームワークとして位置づけられています。

タレントマネジメント

タレントマネジメントとは、従業員の才能やスキル、経験などを「経営にとっての資産(タレント)」とみなし、最大限に活かすための戦略的な人材活用手法です。

1990年代以降、欧米企業を中心に発展し、特に「次世代リーダーの育成」や「ハイパフォーマーの離職防止」などを目的に導入されてきました。

現在では、タレントマネジメントシステム(TMS)と呼ばれるITツールを活用し、社員のスキルや適性、キャリア志向をデータベース化して管理することが一般的です。

適材適所の配置、後継者育成、モチベーション管理がしやすくなり、企業全体の競争力向上にもつながります。

人的資源管理の具体的な施策

HRMを現場に浸透させ、組織全体のパフォーマンスを高めるためには、理念だけでなく実践的な人事施策が欠かせません。
特に、従業員との信頼関係の構築、ダイバーシティ(多様性)の尊重、個別対応力の強化といった観点は、従業員のエンゲージメント向上と定着率の改善に直結する施策です。

本節では、HRMを実務レベルで機能させるための主要な取り組みについて、3つの具体的施策に分けて解説します。

企業と従業員の信頼を形成する

HRMを機能させるうえで最も重要なのが、企業と従業員の間に強固な信頼関係を築くことです。
単なる契約上の雇用関係を超えて、「心理的契約」と呼ばれる暗黙の期待や信頼感を醸成することが、生産性とエンゲージメントを高める基盤となります。

たとえば、企業が一方的にルールを押し付けるのではなく、従業員の声を積極的に聞き取り、働きやすさやキャリア形成への配慮を実践することで、相互理解が深まります。

また、経営陣が透明性ある情報発信を継続することも、信頼感を高める要素のひとつです。信頼がある職場では、従業員が主体的に動きやすくなり、離職防止にも寄与します。

従業員の多様性を尊重した人事施策の導入

ダイバーシティ(多様性)の推進は、HRMにおいて今や不可欠な要素です。

日本では少子高齢化が進み、従来の均質な雇用モデルでは人材を確保できなくなってきています。
そのため、高齢者、障がい者、外国人、LGBTQ+など、さまざまなバックグラウンドを持つ人材を活かすための制度整備が求められています。

宗教や文化的背景に配慮した休暇制度、バリアフリー環境の整備、多様な働き方を支援するフレックス制度などがその一例です。
同時に、多様性を単なる数の確保ではなく、組織全体の競争力や創造力につなげるためには、他の従業員にもダイバーシティの意義を理解させ、共感を育む施策が不可欠です。

個々の従業員への配慮

HRMでは、従業員一人ひとりの状況や希望に応じた個別対応も重要な視点です。

その具体例として「I-deals(アイディールズ)」という考え方があります。
これは、従業員の事情や能力に応じて、勤務時間やキャリアパス、報酬制度などを柔軟に調整する取り組みです。

たとえば、介護や育児を理由に通常勤務が難しい社員に対して短時間勤務を認めることや、特定のスキルに特化した職務への配置転換を行うことなどが挙げられます。

こうした個別配慮は、従業員の定着を促進すると同時に、全社的に「人を大切にする文化」を育む土壌となります。
従業員の潜在能力を最大限に引き出すためには、画一的な制度ではなく、多様な選択肢を用意する柔軟性が必要です。

人的資源管理を実践している企業事例

HRMの理念を実際に自社の経営戦略に取り入れ、成果を上げている企業も増えてきています。
ここでは、グローバル展開を支えるリーダー人材の育成に注力する日産自動車株式会社と、現場力の強化と定着率向上に取り組むセブン&アイグループ(ヨークベニマル)の2社を取り上げ、それぞれの具体的なHRM施策と成果を紹介します。

両社の事例からは、人的資源を「人財」として捉えることが、企業競争力の源泉であることが明確に理解できるでしょう。

日産自動車株式会社

日産自動車は、グローバル企業としての競争力を維持・強化するため、世界規模での人材配置と育成を重視した「グローバルタレントマネジメント」を実践しています。

2000年代以降、日本人経営幹部の後継者不足という課題が顕在化したことをきっかけに、若手リーダーの計画的な育成を本格化。
採用時から将来のリーダー候補を見極め、早期から能力評価(アセスメント)や多様な職務経験を通じた育成プログラムを実施しています。

特に特徴的なのが、多面的な評価手法を取り入れている点です。
直属の上司だけでなく複数の評価者による観察を通じて、社員の強みや課題を客観的に分析し、最適な育成プランに反映しています。

このような取り組みによって、日本人リーダーの育成とグローバルで通用する人材活用の両立を実現し、人的資源管理の高度化に成功しています。

参考:日産の人材育成に関する報告書|国立大学法人大学改革支援・学位授与機構

セブン&アイグループ(ヨークベニマル)

セブン&アイグループの一員であるヨークベニマルでは、「現場力の向上」と「人材の定着」を両立させるために、従業員の成長支援を重視した人事施策が展開されています。その中核をなすのが「目標管理カルテ」の導入です。

これは、各従業員の業務遂行スキルや課題を6段階で可視化し、上司とともに評価を共有・確認する仕組みで、個々の成長プロセスを明確に捉えるツールとして機能しています。

評価と面談は年2回実施され、成果だけでなく学習の過程や努力の軌跡もきちんと評価。
それに基づいて、次の業務目標やスキル習得の計画が立てられるため、従業員は自らの成長を実感しながら、主体的に仕事に取り組むことができます。

こうした「見える成長」が、モチベーションの向上や離職率の低下につながっており、従業員のキャリア形成と組織力の底上げを同時に実現している点が高く評価されています。

参考:7&iホールディングス|従業員への取り組み

人的資源管理における課題

人的資源管理(HRM)は、組織の成長を支える重要なマネジメント手法である一方、導入や運用にあたってはさまざまな課題も存在します。

本節では、HRMを効果的に活用するために企業が直面しやすい代表的な課題とその背景を解説します。

業績への要因を判断しにくい

HRMの成果は、従業員の満足度やエンゲージメント、生産性といった多様な側面に表れるため、業績との直接的な因果関係を把握しづらいという課題があります。

たとえば、研修制度を拡充した結果として業績が向上したとしても、それが教育施策の成果なのか、他の要因によるものかを正確に評価するのは難しいのが実情です。

ミシガンモデルのようにHRMを戦略と連動させたとしても、複数の施策が複合的に影響し合うため、特定の施策効果を切り出して測定するには高度なデータ分析が必要となります。

このような定量評価の難しさが、HRM施策のPDCAサイクルを阻む要因になりかねません。

主体性が損なわれる可能性もある

HRMの導入によって、企業が従業員の行動や評価を過度にコントロールしようとすると、かえって従業員の主体性や自律性が損なわれるリスクがあります。

特に企業の価値観や方向性が明確に提示されていない状態で一方的なマネジメントが行われると、「仕方なく従う」という姿勢が組織内に定着しやすくなります。

その結果、現場からの改善提案や自発的な行動が減少し、モチベーションや創造性の低下を招く可能性もあるでしょう。

また、こうした状況は優秀な人材の流出にもつながりやすく、人材戦略として本末転倒の結果を招く恐れもあるため、HRMの設計段階から従業員の意見を反映し、双方向性を担保する運用が求められます。

想定通りに進まないことも

HRMの施策は、必ずしも計画通りに効果を発揮するとは限りません。
なぜなら、施策の対象は「人」であり、個々の価値観や環境、感情によって行動が左右されるからです。

たとえば、柔軟な働き方を導入しても、組織文化や上司の理解が伴っていなければ実際には利用されないといったケースもあります。

また、従業員の納得感が伴わなければ、いかに優れた評価制度であっても受け入れられず、逆に不信感を招くことも起こりえます。

このような状況を避けるには、施策実行後の現場の反応を丁寧にモニタリングし、定期的なフィードバックを通じて柔軟に施策を見直す姿勢が不可欠です。
PDCAサイクルの運用と、現場との継続的な対話が成功の鍵を握ります。

人的資源を適切に管理して自社の成長につなげよう

人的資源管理(HRM)は、単なる人事制度の再設計ではなく、企業の経営戦略と密接に連動した「成長のための人材戦略」です。

特に少子高齢化や人材の流動化が進む現代において、限られた人材資源を「人財」として戦略的に活用できるかどうかが、企業の競争力を左右する重要な要素となります。

人材は「採用して終わり」ではなく、「成長させ、活かし、定着させる」ことで企業の価値を高めていきます。

今後も変化の激しい経営環境の中で、自社にとって最適なHRM戦略を検討し、持続的な組織成長を実現していきましょう。

著者情報

人と組織に働きがいを高めるためのコンテンツを発信。
TUNAG(ツナグ)では、離職率や定着率、情報共有、生産性などの様々な組織課題の解決に向けて、最適な取り組みをご提供します。東京証券取引所グロース市場上場。

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