事業譲渡は自社に向いている?株式譲渡との違いや進め方・注意点

企業の運営に当たり、経営権そのものを渡すか一部事業のみを手放すか迷う場面もあるのではないでしょうか。企業自体ではなく「事業」を譲り渡すのが事業譲渡です。株式譲渡との違いや事業譲渡が適しているケース、具体的な事業譲渡の進め方まで解説します。

事業譲渡とは何か

M&Aの売り手側になるとき、選べる手段はさまざまです。その中で「事業譲渡」とは、具体的に何を意味するのでしょうか。同じくM&Aでよく採用される「株式譲渡」「会社分割」との違いを交えて、事業譲渡の定義を見ていきましょう。

会社の事業を売却するM&A手法

事業譲渡とは、ある企業が他社に一部(または全部)の事業を売却する取引です。M&Aの手法として、幅広い規模の企業で採用されています。

一部の事業を売却するのは「一部譲渡」、全ての事業を売却するのは「全部譲渡」です。「事業売却」も事業譲渡と一般に同義ですが、会社法をはじめとした法律上の呼び方は「事業譲渡」となっています。ただ、どちらを使っても意味は通じるでしょう。

参考:会社法 第7章|e-Gov法令検索

株式譲渡との違い「経営権や負債の扱い」

事業譲渡と混同されやすいM&Aスキームに、「株式譲渡」があります。事業譲渡と株式譲渡の違いは、以下の通りです。

<経営権の所在>

  • 事業譲渡:株式の売買が伴わないため企業全体の経営権は売り手企業が持ったままになる
  • 株式譲渡:株式を買い取るため企業の経営権は買い手企業に移る

<買い手企業が負債を引き継ぐリスク>

  • 事業譲渡:譲渡対象の資産・負債を選べるので買い手企業が負債を引き継ぐ心配がない
  • 株式譲渡:経営権が移転するので、資産だけでなく負債も引き継ぐ必要あり

<手続き>

  • 事業譲渡:取締役会の承認(場合によっては株主総会の承認も)が必要
  • 株式譲渡:株式の売買契約を結ぶだけなので比較的簡単な手続きで済む

<売り手企業に課される税金の種類>

  • 事業譲渡:法人税や消費税
  • 株式譲渡:譲渡所得税

このような違いは、自社にとってどちらが適切かを判断する材料になります。しっかりと何が違うのかを理解しておきましょう。

会社分割との違い「包括承継か個別移転か」

M&A(組織再編)の手法である「会社分割」は、新設された企業や既存の企業に、事業の権利義務を包括的に引き継ぐことです。分割会社の株主に承継会社の株式が交付されるケースが多くなっています。

事業譲渡と違って、会社分割では資産や契約を個別に移転して再契約する必要がありません。包括承継が可能なため、手続きが比較的簡単です。特に大企業では、会社分割で組織を再編するケースが多くなります。

また、事業譲渡に課される法人税や消費税を軽減したい場合、税制優遇が設けられた会社分割が有利である可能性も高いでしょう。例えば消費税については、分割した子会社において、分割された事業年度・翌事業年度の課税売上高が1000万円以下なら納税義務の免除が適用されます。

参考:第5節 納税義務の免除の特例|国税庁

事業譲渡を選びたい売り手企業の特徴

中小企業のM&Aでは株式譲渡が多く活用されていますが、事業譲渡の方が適しているケースも少なくありません。経営の選択肢として事業譲渡を検討すべき企業には、どのような特徴があるのでしょうか。

経営権の維持や負債の取り扱いなど、株式譲渡とは異なる特徴を理解することで、自社に最適な選択肢を見極められるでしょう。

自社に不要な事業だけを切り離したい

事業譲渡で最も大きなメリットは、特定の事業のみを選択的に売却できることです。赤字事業や方向性に合わなくなった事業だけを切り離し、主力事業は継続できるため、経営資源を集中させた事業展開が可能になります。

株式全てではなく一部事業のみの売却となるため、買い手企業の負担が軽減され、引き受け先の選択肢が広がるのも重要なポイントです。多くの企業では、事業の選別による経営効率化が重要な課題となっており、不採算部門の整理に事業譲渡を活用するケースが増えています。

株式譲渡で買い手が見つからない場合でも、事業譲渡への方向転換により売却が実現する可能性があるでしょう。

経営権を残したまま資金を得たい

事業譲渡では、全ての事業を譲渡しても経営権は売り手企業に残るのが大きな特徴です。事業を運営していない状態でも企業として存続できるため、譲渡で得た資金を活用した事業の立て直しや新規ビジネス展開が視野に入ります。

一部事業の譲渡であれば、企業のブランドや信用力を維持しながら資金調達が可能です。近年の経営環境では、事業の多角化や選択と集中が重要な戦略となっており、事業譲渡を資金獲得と事業再構築の手段として活用する企業が増えています。経営権を保持することで、将来的な事業展開において柔軟性を確保できるのです。

抱えている負債が大きい

負債額が大きい企業では、資産と負債を包括的に承継する株式譲渡よりも、事業譲渡が適しているケースが多いものです。買い手企業にとって不要な負債を引き継がずに済むため、売却先の候補が見つかりやすくなります。

事業譲渡では買い手が取得する資産や事業を選択できるため、負債の引き継ぎを回避した取引が可能です。製造業や小売業などで設備投資や在庫に関する負債を抱える企業では、事業譲渡により債務を切り離した売却が現実的な選択肢となるでしょう。

結果として、株式譲渡では困難だった売却が実現し、企業再生への道筋が見えてくるはずです。

事業譲渡の進め方

自社のM&Aに事業譲渡が向いていると判断できた場合、具体的な進め方も把握しておくと効率的です。大きく4ステップに分けて、売り手企業側向けに事業譲渡の進め方を解説します。

事前準備を済ませる

事業譲渡に当たって、売り手側に必要な事前準備は以下の通りです。

  • 事業譲渡のニーズを把握する
  • 買い手の条件を絞り込む
  • 買い手の候補に対して、M&Aの仲介者(M&A仲介会社や税理士など)にノンネームシートを開示し、買収の交渉ができる企業を募集する

事業譲渡のニーズとは、売り手企業にとっては「主力事業に注力したい」「赤字部門を切り離したい」といった、事業を売りたい理由です。売り手は、買い手にとって売却予定の事業に需要があるかを調査しなければなりません。そのニーズを基に、売りたい事業を欲していると思われる買い手企業を絞り込んでいきます。

ある程度の条件が絞り込めたら、事業概要や従業員数・売上・取引先といった「事業の概要」が分かる「ノンネームシート」を匿名の状態で作成しましょう。通常はM&A仲介会社や税理士・M&Aマッチングサイトなどを経由して、候補となる企業にノンネームシートを開示します。買い手候補の企業がノンネームシートを見て、価値があると思えば交渉に名乗り出るという流れです。

基本合意を結んで譲渡の大枠を決める

事業譲渡では、買い手が決まったら秘密保持契約を締結します。経営者同士で話し合った後、売買の相手として適切なら、事業譲渡の基本合意を形成して「基本合意書」にその内容をまとめるという流れが基本です。

ただこのとき決めるのは、あくまでも譲渡の条件の大枠でしかありません。買い手企業は、譲受する事業について「デューデリジェンス(買収監査)」と呼ばれる調査を実施してから、最終的な条件を決めます。デューデリジェンスは、買い手が事業を譲り受ける前に、基本情報からは分からないリスクを把握したり事業の健全性を確かめたりするための監査です。

デューデリジェンスの結果次第では、基本合意書の条件が変更される可能性があることを念頭に置いておきましょう。

取締役会で事業譲渡を決議する

事業譲渡は、会社法で定める「重要な財産の処分及び譲受け」に該当します。そのため、同法第362条第4項第1号の規定により、事業譲渡の実行は取締役会でしか決定できません。つまり、売り手として事業譲渡を実施するには、取締役会での決議・承認が不可欠ということです。

買い手企業のデューデリジェンスを基に最終的な譲渡条件が決まったら、取締役会を招集し、事業譲渡を実行できるか決議しましょう。決議・承認された後は、譲渡日程などに関する必要書類を用意します。

参考:会社法 第362条第4項第1号|e-Gov法令検索

事業譲渡契約を締結する

取締役会での決議で事業譲渡が承認されたら、契約の締結に進みます。契約書の作成に当たって法律上特に決まった記載事項はありませんが、以下の項目は記載するのが通常です。

  • 譲渡の内容
  • 譲渡の対価
  • 支払い方法
  • 譲渡日
  • 競業避止義務
  • 従業員の引き継ぎについて

契約書に記載された「譲渡日」から契約の効力が発生し、事業が譲渡されることになります。譲渡契約書は、株主総会の決議に使ったり契約内容の証拠性・閲覧性を担保したりするために備え置きましょう。

特定のケースでは株主総会での承認を得る

事業譲渡について、株主総会には基本的に招集して通知するだけで問題ありません。ただし例外もあることに注意が必要です。会社法第467条第1項第1号に、「事業の全部の譲渡」「事業の重要な一部の譲渡」など株主総会での決議による承認が必要なケースが挙げられています。

「事業の重要な一部」とは、具体的には総資産額の20%以上を占める事業です(会社法第467条第1項第2号)。全ての事業を譲渡して経営を立て直す、利益の出ている事業を方向性の違いなどから譲渡するという場合、株主総会での決議・承認が必要になる場合があることを覚えておきましょう。

参考:会社法 第467条第1項第1号、第2号|e-Gov法令検索

事業譲渡で注意したいポイント

自社のM&Aスキームとして事業譲渡を選ぶ場合、実施の前に知っておきたい注意点があります。あらかじめ気を付けたいポイントを押さえておくことで、譲渡してしまってから「こんなはずではなかった」と後悔する事態を防げるはずです。

競業避止義務による制約

事業譲渡に当たってまず注意したいのが、「競業避止義務」です。競業避止義務は会社法第21条第1項に定められており、売り手企業は事業譲渡から20年間、同じ市区町村内で同種の事業を行うことは原則としてできません。

また、ある事業を同市区町村内の企業に売却した場合、その事業と同種の事業を同市区町村内で20年間行ってはならないという制約があります。事業譲渡契約に「同じ事業を営まない特約」があった場合、その特約は譲渡日から30年間有効です(同条第2項)。

20年以内にまた同業の事業を始める可能性があるなら、事業譲渡は避けた方がよいでしょう。ただ、競業避止義務は同市区町村内でのみ課される義務です。拠点を移して同じカテゴリーの事業を始めるなら、特約が設けられている場合を除いて問題はありません。

参考:会社法 第21条第1項、第2項|e-Gov法令検索

債権者や従業員の同意取得の必要性

事業譲渡は経営権こそ売り手企業に残るとはいえ、社内外に大きな影響を及ぼします。債権者や従業員への説明、契約の引き継ぎなどが必要です。一部の事業だけを売却する場合は、株式譲渡や包括承継できる会社分割と違って、個別に契約の移転が求められます。

債権者や従業員への説明・契約関係の引き継ぎにかかる期間の目安は、1カ月程度です。事業譲渡は株式譲渡や会社分割に比べて、長い時間がかかると考えて計画的に進めましょう。

法人税や消費税による税務上の負担

事業譲渡に当たって、売り手企業には以下2種類の税金の支払い義務が発生します。確実に支払えるように、試算した上で資金を確保しておかなければなりません。

  • 法人税:(事業の売却価格)-(譲渡資産の簿価)=「譲渡益」に対して法人税率をかけたもの
  • 消費税:課税資産の10%

譲渡により課税対象となる資産のうち、売り手企業が所有している可能性があるものには以下が含まれます。

  • 土地・借地権・建物
  • 株式をはじめとした有価証券
  • 金地金(きんじがね)や宝石
  • 書画・古美術品
  • 船舶・機械器具
  • 漁業権
  • 取引慣行のある借家権(地域の市場において有償で取引される慣習が確立されている借家権)
  • 特許権・著作権
  • 鉱業権
  • 土石(砂)

実施しようとしている事業譲渡において、どの資産を売却するかによって支払う税額は変わります。買い手との交渉が終わって譲渡の条件が決まったら、速やかに計算しておきましょう。

参考:No.3105 譲渡所得の対象となる資産と課税方法|国税庁

事業譲渡の特徴を理解して最適な選択を

事業譲渡は、株式譲渡や会社分割と違って、一部の事業だけを売却することも選択できるM&Aスキームです。継続したい事業がある、全ての事業を譲渡するとしても経営権は残したい、負債が大きく株式譲渡の買い手が見つからないといった企業に適しています。

ただし、競業避止義務や譲渡までにかかる時間の長さや手続きの煩雑さなど、ほかの手段と比較したデメリットもあります。自社の状況や今後希望する状態を明確にした上で、事業譲渡にするか別のM&A手法を選ぶか、最適な判断をしましょう。

著者情報

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