退職勧奨を円滑に進めるには?トラブルの要因や手続きのポイントを解説
人員体制の見直しや組織戦略の変更により、配置転換が難しくなったり、役割とのミスマッチが生じたりした従業員に悩むケースは少なくありません。しかしながら、こうした状況に対して解雇という判断を下すのは難しく、どのように対応すべきか悩んでいる企業も多いのではないでしょうか。
そこで選択肢となるのが「退職勧奨」です。解雇との違いや注意点を整理した上で、円滑に退職勧奨を進めるためのポイントを解説します。
「退職勧奨」とは何かを正しく理解
円滑な退職勧奨を実現するためには、退職勧奨とは何なのか、解雇とどう違うのかを理解する必要があります。
従業員の合意を得て雇用契約の終了を目指すこと
退職勧奨(退職奨励・退職勧告)とは、会社が従業員に対して退職を「提案」するものであり、従業員の合意を前提とした任意の手続きです。退職勧奨は「話し合いの上で双方合意を目指す手続き」であることを理解する必要があります。
退職勧奨のメリットは、解雇よりトラブルのリスクを回避しやすいことです。一方で従業員側の合意が必要であり、必ず退職してもらえる保障はないというデメリットもあります。
一方的な解雇とは異なる
退職勧奨は、企業(使用者)が一方的に契約を打ち切る「解雇」とは異なります。解雇は「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」を欠く場合は無効です(労働契約法第16条)。そのため安易に解雇すると、訴訟を起こされるリスクがあります。
一方で退職勧奨に法的な要件はありません。伝え方が退職勧奨として適切であれば、解雇と違って厳しく制限されない上、本人も合意しているために訴訟のリスクも少ないでしょう。
企業の金銭的負担が発生する可能性については、解雇も退職勧奨も同じです。企業が従業員を解雇するには、原則として30日前の予告または予告手当の支払いが求められます(労働基準法第20条)。退職勧奨では、退職に合意してもらうため、退職金の上乗せなど金銭的なメリットを提示することもあります。
退職勧奨でトラブルを防ぐための知識
退職勧奨は伝え方や交渉の仕方を間違えると、法的なトラブルや従業員との摩擦を引き起こすリスクがあります。実際に不適切な退職勧奨により、慰謝料の支払いを命じられた判例もあるため、注意しなければなりません。
実質的な強要は無効になり得る
退職勧奨はあくまで、従業員が納得・合意することが前提となる任意の手続きです。従業員には退職勧奨を拒否する自由があります。
従業員の自由意思を侵害するような退職の強要は、たとえ形式的には合意を得たとしても、退職後に合意の無効を主張されかねません。退職勧奨が実質的に「退職強要」になると、解雇と同等と見なされ、厳しく制限されてしまう可能性があるため注意しましょう。
以下のような言動があると、実質的な強要と見なされるリスクがあります。
- 威圧的に退職を促す
- 仕事を与えない・厳しく叱責するなど、心身にダメージを与えるような行為の後に退職勧奨を持ちかける
- 複数人で圧力をかけて退職するように迫る
強要になり得る言動の具体例は、実際に退職勧奨を持ちかける従業員(直属の上司など)に共有しておく必要があります。
不適切な退職勧奨が問題となった判例
退職勧奨が不適切だとされた判例で有名なのが、通称「全日本空輸(退職強要)事件」です。この事件で企業は、仕事を与えない・30数回に及ぶ面談で大声を上げるなどの不適切な退職勧奨に及び、退職させた従業員から損害賠償請求を起こされました。
大阪高等裁判所は控訴審で以下のような見解を示し、慰謝料80万円の支払いを命じています。
「社会通念上許容しうる範囲を超えており、単なる退職勧奨とはいえず違法な退職慣用として不法行為にならざるを得ない」
出典: 全日本空輸(退職強要)事件|労働基準判例検索-全情報
従業員が退職勧奨に応じなかったため解雇されていますが、その解雇も合理的な理由が認められず解雇権の乱用による無効と判断されました。
ハラスメントを伴う退職勧奨、説明・交渉の限度を超えると判断される退職勧奨は、無効となったり不法行為として慰謝料を請求されたりする可能性があります。
退職勧奨を円滑に進めるポイント
企業にとって退職勧奨は、辞めてもらいたい従業員に対して穏便に退職を勧めるための手続きです。トラブルのリスクを軽減しつつ退職の合意を得やすくするには、何を意識すればよいのでしょうか。
退職合意書を締結して記録を保存する
退職勧奨に応じて退職してもらう際は、退職届の提出を求めるのはもちろん、退職合意書を取り交わして「本人の自由意思による合意」であることを明文化する必要があります。退職合意書は、後日「強要された」と主張された際の防御材料になるためです。
退職勧奨の経緯や面談内容なども記録として残しておくと、万が一の紛争時に対応しやすくなります。トラブルにならないのが理想ではありますが、リスクヘッジは常に考えておいた方がよいでしょう。
退職勧奨に応じるメリットも伝える
退職勧奨に応じることのメリットを従業員に伝えると、退職勧奨への合意を得やすくなります。従業員にとっての主なメリットは以下の2点です。
- 退職勧奨に応じての退職は、自己都合ではなく会社都合退職の扱いとなり、雇用保険の基本手当の受給で有利になる
- 退職の条件(主に金銭面)について交渉の余地がある
常設されている早期退職優遇制度などに応募した場合は自己都合退職ですが、個別の退職勧奨に応じた場合は会社都合退職となります。また、退職条件として、退職後しばらく生活に困らないだけの補償を提案する場合も少なくありません。
参考:ハローワークインターネットサービス - 特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲の概要
退職勧奨を適切に進めるための準備
退職勧奨は、思い付いてすぐ実行に移せるものではありません。退職してもらえないかと声をかけること自体に従業員への配慮が求められる上、必要書類の作成や交渉材料の確保など、相応の準備が必要です。
退職勧奨を実施したことがない企業向けに、必要な準備を解説します。
退職勧奨の流れをあらかじめ設計する
退職勧奨は、方針が決定したら以下のような段階を踏んで進める必要があります。
- 理由の整理
- 対象者に声をかける人材の選定
- 対象者への声かけ
- 対象者との話し合い・条件の擦り合わせ
- 退職合意書の取り交わし
- 退職届の提出
退職勧奨の経験がない企業や部署では、事前に計画しておかないとトラブルになりやすいでしょう。しっかり計画しておくことで、スムーズに退職勧奨の手続きを進められます。
社内ルールや手順書を明文化しておく
退職勧奨を進める際は、社内ルールや判断基準・必要な手順を文書化しましょう。担当者による対応のばらつきや、法的リスクを軽減できます。
経験の浅い人事担当者が対応する場合にも、明文化されたルールや手順があることで迷わず進められるはずです。ルールは、実際に声をかけたり話し合ったりする役割の従業員にも共有する必要があります。
納得を得るための交渉材料(予算)を用意する
退職勧奨では、従業員に合意してもらうための条件提示が重要です。企業は退職への補償として、「退職金の加算」「有給休暇の買い取り」「再就職支援」などを、交渉の材料として検討しなければなりません。
補償に必要な予算の確保は、退職勧奨をスムーズに進めるために必須といってよいでしょう。経営状況から無理のない範囲で、退職勧奨の対象者が納得できる条件設計が必要です。
知識と備えで円滑な退職勧奨を実現
従業員に任意の退職を提案する「退職勧奨」は、解雇と異なり法的な制約は少なく、本人の合意が得られれば、双方にとって比較的穏やかな形で雇用関係を見直す手段となり得ます。ただし進め方によっては本人の意思が尊重されていないと受け取られ、退職の強要や実質的な解雇と見なされるおそれがあります。円滑な合意形成のためにも、丁寧な対応と慎重な配慮が欠かせません。
不適切な退職勧奨とされた判例も参考に、望ましくない言動をルールとして明文化し、 対象となる従業員にとってのメリットや納得できる理由を丁寧に提案するように心がけましょう。