過労死ラインの基準を知って対策を。企業のリスクや取り入れたい対策
長時間労働が常態化し、過労死ラインを懸念している企業も多いのではないでしょうか。過労死ラインに抵触するほどの長時間労働は、労働者の健康だけでなく企業にも大きなリスクがある問題です。過労死ラインの制度面のルールとともに、企業にできる対策も紹介します。
過労死ラインとは
過労死や心身の不調を招く長時間労働を是正したいと考えているなら、「過労死ライン」とは何なのかという定義と基準を把握しましょう。厚生労働省が発表している労災の認定基準や関連法令を基に、基本を解説します。
心身の健康を損なう恐れがある長時間労働の基準
「過労死ライン」とは、心身に重大な影響を及ぼすおそれのある時間外労働時間の目安とされています。厚生労働省が定めた脳・心臓疾患の労災認定基準に基づいて考えられています。
過労死や長時間労働に起因する疾患(脳血管疾患・心疾患・精神障害など)は、深刻な社会問題として注目されており、2014年には「過労死等防止対策推進法」が制定されました。同法は、過労死や過労による疾患は社会にとっても大きな損失であるとし、労働者が健康に働き続けられる社会の実現を目的として掲げています。
参考:脳・心臓疾患の労災認定 過労死等の労災補償 Ⅰ|厚生労働省
月80時間の時間外労働を基準とするのが妥当
過労死や長時間労働による疾患の労災認定では、疾患の発症と業務の関連性の強さで認定されるかどうかが決まります。「脳・心臓疾患の労災認定」では、以下の場合に「業務と発症との関連性が強いと評価できる」としました。
- 発症1カ月前の月の時間外労働(週40時間超)がおおむね100時間
- 発症2〜6カ月前の月の平均時間外労働(週40時間超)がおおむね80時間
「おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できる」とも記載されています。
労働安全衛生法第66条の8第1項、労働安全衛生規則第52条の2第1項では、時間外労働(週40時間超)が月80時間を超えていて疲労の蓄積がある労働者に対して、医師の面談指導を受けさせなければならないとしています。これは健康の保持を考慮した定めです。
労災の認定基準となる月100時間が過労死ラインとも捉えられますが、実際には単月でも時間外労働が80時間を超えると疾患リスクが高まると考えられます。過労死ラインは、「月の時間外労働80時間」を基準にした方がよいでしょう。
参考:脳・心臓疾患の労災認定 過労死等の労災補償 Ⅰ(P.5)|厚生労働省
参考:労働安全衛生法 第66条の8第1項|e-Gov法令検索
参考:労働安全衛生規則 第52条の2第1項|e-Gov法令検索
現在は労災認定で労働時間以外も加味される
2021年9月の労災認定基準改正により、労働時間以外の負荷要因も総合的に評価されることになりました。例えば以下の要素です。
- 不規則な勤務
- 休日のない連続勤務
- 勤務間インターバルが短い勤務
- 心理的・身体的負荷を伴う業務
- 短期間の過重業務
- 長期間の過重業務
- 異常な出来事
対象疾病に、それまでなかった「重篤な心不全」も追加されています。
参考:脳・心臓疾患の労災認定 過労死等の労災補償 Ⅰ(P.1、2、6〜7)|厚生労働省
過労死ラインに対する企業の責任と向き合い方
過労死ラインに近い長時間労働が常態化している企業は、早急に見直しを図る必要があります。以下のポイントを理解し、労働環境の改善に取り組むことで、従業員の健康を守るとともに、企業としての社会的責任を果たすことが求められます。
過労死がもたらす社会的・法的な影響と企業への責任
万が一、過労死が発生し、企業に法令違反が認められた場合、刑事罰を受ける可能性があります。罰則の例は以下の通りです。
- 労働基準法第36条第6項の上限規制を超えていた場合:6カ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金
- 労働安全衛生法第66条の8第1項、労働安全衛生規則第52条の2第1項に違反し、医師の面接指導を受けさせなかった場合:50万円以下の罰金
また、労働基準監督署による立ち入り調査や是正勧告が行われる可能性も高まります。
近年では、過労死に対する社会の関心や問題意識が高まり、企業の姿勢がより厳しく問われる傾向にあります。社会的な批判が高まれば、企業に対する信頼が損なわれ、業績や採用活動にも深刻な影響が及ぶ可能性があります。
参考:労働基準法 第36条第6項・第110条|e-Gov法令検索
参考:時間外労働の上限規制 わかりやすい解説 P.4|厚⽣労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
「月80時間を超えなければ大丈夫」ではない
過労死ラインが「月80時間超の時間外労働」とはいっても、おおむね月45時間を超えたあたりから、疾患発症のリスクは残業時間の増加とともに高まるとされています。
政府は長時間労働文化の是正に向けて、働き方改革の一環として法令の改正を進めてきました。長時間労働に関する改正には、以下のようなものがあります。
- 時間外労働の上限規制:2019年4月1日施行(中小企業は2020年4月1日施行)
- 年5日の年次有給休暇取得の義務化(2019年4月1日施行)
- 勤務間インターバル制度導入の促進(2019年4月1日施行)
企業としても従業員が健康かつプライベートも大切にできるよう、月80時間以内と言わず、可能な限り法定労働時間内に収めるよう努力すべきでしょう。
参考:脳・心臓疾患の労災認定 過労死等の労災補償 Ⅰ(P.5)|厚生労働省
参考:働き方改革関連法に関するハンドブック P.2|厚生労働省
残業禁止では状況が改善しない
過労死ラインのリスクを下げる方法として、考えがちなのが「一律の残業禁止」です。たしかに残業自体を禁止にしてしまえば、理論上は過労死ラインに近いほどの長時間労働は起こりません。
ただ、残業を禁止にしたのに業務量が変わらない場合、現場が回らなくなります。結果として休憩時間にも隠れて仕事をするなど、未払い賃金につながる従業員の行動が増えるでしょう。隠れ残業をしていれば、勤怠上は時間外労働がなくても従業員は無理をすることになり、過労につながります。
過労死や過労から来る疾患に対して企業ができる取り組み
過労死ラインに至るような長時間労働は、従業員の健康を脅かすだけでなく、企業にとっても深刻なリスクを伴うものです。では、長時間労働が常態化している企業は、具体的にどのような改善に取り組めばよいのでしょうか。
労働時間を正確に把握する
過労死ラインの問題に対応するには、まず勤怠状況の正確な把握が欠かせません。現在は労働安全衛生法第66条の8の3により、面接指導を正しく実施するため労働時間の把握が義務付けられています。
勤怠管理システムを活用するなど、抜け漏れが起きにくい方法で労働時間の正確な把握に努めましょう。
法令にのっとった対応ができているかチェックする
勤怠状況を正確に把握した結果、時間外労働が生じているなら法的に適切な対応が取られているかもチェックする必要があります。点検すべき項目の例は以下の通りです。
- 労働基準法の時間外労働の上限を超えていないか
- 月80時間超の時間外労働をしていて疲労の蓄積が見られる従業員に、医師の面接指導を受けさせているか
- 月60時間を超える時間外労働には50%以上の割増賃金が支払っているか
もし適法な対応が取られていないなら、ただちに改善しましょう。
過労について相談できる環境をつくる
職場内でのコミュニケーションは、多すぎる業務量や従業員が抱えている疲労感の把握に役立ちます。自分では無理をしていないつもりでも、第三者から見て明らかに働きすぎというケースは少なくありません。
過労や健康状態について相談しやすい環境をつくることで、過労死リスクの早期発見につながります。隠れ残業のような表面化しにくい問題も、相談できるコミュニケーション環境があれば早い段階で発覚する可能性が高いでしょう。
人材の確保・定着に力を入れる
過労死ラインに至るような長時間労働の背景には、業務量に対して人手が足りない状態も考えられます。単に労働時間を削減するだけでは、現実的に業務が回らなくなる可能性があります。
人手不足が原因で過労死ラインレベルの長時間労働が発生しているなら、人材確保が根本的な解決策です。新たな人材の採用はもちろん、組織エンゲージメントを高めて人材の定着を図る取り組みが求められます。
過労死リスクを正しく認識し、健康的に働ける環境を整える
過労死ラインとは、死亡や疾患のリスクが高まるとされる時間外労働の目安時間を指します。時間外労働80時間を過労死ラインと捉えるのが妥当ですが、そこに達していなければ問題がないとは限りません。
時間外労働が増えるほど、疾患の発生と業務の関連性が高まると厚生労働省の労災認定基準にも明記されています。企業としては、可能な限り時間外労働を削減できるよう努め、従業員が健康的に働ける環境づくりに最善を尽くすことが求められます。