M&A後の5つの組織課題と対策方法4選を考える

日本における事業承継の現状

事業承継とは、会社の経営や資産、技術などを後継者に引き継ぐことを指します。これまで企業の経営の舵を取っていた経営者や役員の退職と昨今の少子化問題も相まって、後継者難が常態化しており、黒字にもかかわらず廃業を選ぶ経営者も少なくありません。その他、事業承継をせずに廃業する理由は、以下の通りです。

  • 事業承継の意向がない
  • 事業に将来性がない
  • 地域に発展性がない

中小企業庁が「平成28年経済センサス-活動調査」のデータを分析した調査によると、国内の中小企業・小規模事業者の割合は全体企業数の99.7%であり、中小企業や小規模事業者は日本を支える根幹技術や雇用の担い手として、重要な役割を果たしていると言えるでしょう。経済産業省の外局に位置する中小企業庁としても、事業継承に関するマニュアル・ガイドラインの整備、税制や補助金など、様々な形で支援をおこなっている状況です。

▼参照
中小企業庁:中小企業・小規模事業者の数(2016年6月時点)の集計結果を公表します
中小企業のうち後継者が決定している企業は12.5%、廃業を予定している企業は52.6% | 日本政策金融公庫総合研究所
M&Aを成功に導く、「人と組織」に注目した組織開発の方法論──異なる組織文化を統合させるアプローチとは? | CULTIBASE

中小企業の事業承継問題

東京商工リサーチが自社データベース(約400万社)をもとに行った調査によると、中小企業経営者の平均年齢は一貫して上昇しており、2021年には62.77歳に達しています。
また、帝国データバンクが自社データベース(約190万社の信用調査報告書など)をもとに行った調査によると、事業承継ニーズの高い60代・70代における後継者不在率は2022年時点でそれぞれ42.6%、33.1%となっています。

後継者不在率は2016~2017年頃をピークに低下傾向にありますが、それでも相当数の企業が経営者高齢化と後継者不在の問題を抱えていると推察されます。

▼参照
社長の平均年齢 過去最高の62.77歳 2021年「全国社長の年齢」調査 : 東京商工リサーチ
後継者不在率、初の 60%割れ~ 後継候補「非同族」が初のトップ、事業承継は「脱ファミリー」化が加速 ~ | 株式会社帝国データバンク

黒字にも関わらず廃業する企業も

東京商工リサーチが自社データベースをもとに行った調査によると、企業の休廃業・解散件数は近年増加傾向にあり、休廃業・解散に至った企業のうち直前期の決算が黒字であった企業の割合は2010~2020年には6割強で推移し、2021年・2022年は55%前後となっています。また、みずほ情報総研が中小企業・小規模事業者の経営者を引退した人を対象として2018年に行った調査によると、廃業した経営者が事業を継続しなかった理由として最も多いのは「もともと自分の代で畳むつもりだった(58.5%)」ですが、後継者問題(「資質のある後継者候補の不在」「家族・親族の反対」「親族外承継への抵抗」)を理由とする廃業も3割程度を占めています。

▼参照
2022年の「休廃業・解散」4.9万件、2年ぶり増加 コロナ支援縮小のなか、黒字率が過去最低の54% ~ 2022年「休廃業・解散企業」動向調査 ~ : 東京商工リサーチ
平成30年度中小企業・小規模事業者の次世代への承継及び経営者の引退に関する調査に係る委託事業 | みずほ情報総研株式会社

事業承継の方法

事業承継には大きく分けて3つの方法があります。

  1. 家族・親族への承継(同族承継)
  2. 社内の役員・従業員への承継(内部昇格)
  3. 社外第三者への承継(M&Aや外部人材の招聘)

帝国データバンクの後継者不在率調査(上掲)によると、同族承継は現在でも最も多い承継方法ですが、比率は低下傾向にあります。一方で内部昇格やM&Aの比率が上昇しており、2022年には同族承継と内部昇格がほぼ同率(それぞれ34.0%、33.9%)、外部人材招聘以外の第三者承継(M&Aなど)が20.3%となっています。

参照:中小企業庁:事業承継ガイドライン 20問20答 問5


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M&A後の5つの組織課題

M&Aや社長交代を成功させるためには、組織の様々なレベルにおいて乗り越えなければならない課題があります。そうした課題がうまく解決できないと、人材流出を初めとする深刻な問題が生じ、M&Aや社長交代が失敗に至る恐れがあります。

参照:2018年版中小企業白書「M&A実施にあたっての課題」(中小企業庁)

1. 企業文化・組織風土の変更

企業文化・組織風土の変更はM&A後の統合過程でとくに生じやすい課題で、三菱UFJリサーチ&コンサルティングが2017年に行った調査によると、半数以上でこの課題が発生しています。
企業文化・組織風土は暗黙の了解で成り立っている部分が大きく、具体的に数値化して把握することが困難であるため、M&Aにおいて対応がつい後回しにされがちですが、2つの企業がうまく統合してシナジー(相乗効果)を発揮していくためには避けては通れない課題です。

2. 従業員のモチベーション低下

上記調査によると、従業員のモチベーション低下も企業文化・組織風土の変更と同様の頻度で課題となっています。M&Aや社長交代で企業文化・組織風土が変化したり、売り手側のベテラン社員と買い手側の人材や新社長の間で軋轢が生じたりすることにより、組織内の広い範囲でモチベーション低下が引き起こされる例が少なくありません。

3. 人事や賃金制度、ITシステムの変更

M&A後には人事制度・賃金制度・福利厚生制度・ITシステムなどの変更や統合が多かれ少なかれ必要になります。売り手が買い手の子会社になるケースでは、こうした制度・システムを旧来通りにとどめておくことも可能ですが、業務効率化やグループとしての一体化を図る上では制度・システムの統合が有用です。

合併などで組織が一体化する場合は各種制度・ITシステムの統合が避けられず、そのために短期間に大きなコストが発生します。売り手・買い手の社員が同じ組織内で共存するため、人事面の不公平などがあると軋轢が生じがちです。

4. 経営ビジョンの共有・引き継ぎ

M&Aや社長交代後には短期間で一定の成果を出し、新体制移行・経営統合を軌道に乗せる必要があります。そのためには、明確な経営ビジョンの迅速な共有・引き継ぎが欠かせません。また、M&Aや社長交代直後は従業員や取引先などの関係者が不安や疑念を抱きやすい時期であり、経営ビジョンの共有・引き継ぎが適切に行われないと、人材流出・取引先離反が引き起こされる恐れがあります。

5. 自社技術や事業ノウハウの伝承

自社が培ってきた独自技術やノウハウを新体制に伝承し、相手企業・新社長の持つ強みと融合させながらシナジーを生み出していけるかどうかは、M&Aや社長交代後の収益力・競争力を直接的に左右する課題です。

これに失敗すると、会社の強みが十分に発揮されないだけでなく、これまでに培ってきた価値が人材流出などを通して損なわれてしまう恐れがあります。

参照:技術伝承・ノウハウ共有におけるシステム活用の方法 | 社内ポータル・SNSのTUNAG

M&A後の組織課題への対策4選

M&Aや社長交代後に生じがちな組織課題の解決に有用な主な取り組みを解説します。

1. M&Aや社長交代の事実や経営ビジョンを関係者に適時・的確に伝達する

関係者に無用な不安・疑念を抱かせないようにするため、M&Aや社長交代の実行後(または契約締結後)すぐに、従業員や主要取引先などにM&Aや社長交代の事実を開示し、今後の経営ビジョンなどを伝達します。

事業運営の鍵となる従業員やとくに重要な取引先に対しては、場合によっては実行前(契約成立前)に情報を開示し、協力を求めることも必要になります。経営ビジョンの伝達においては、これまでのビジョン・企業風土・実績などへの敬意を表しつつ、新ビジョンのメリットやこれまでと変わらない点(尊重・維持される点)を丁寧に説明することが重要です。従来のあり方を一方的に否定するような発言は従業員の反発や不安を招きます。

2. 人材交流・相互理解を通してノウハウ・制度を融合する

M&Aにおいては、業務の仕組みや制度・システムを一方的に変えようとするのではなく、人と人の交流・相互理解を通して新しいあり方を徐々に浸透させながら、ノウハウや制度の融合を図ることが重要です。

形式的な交流にとどまらず、物理的に拠点を統合して両社の同部門を一箇所に集約したり、本社を近隣に移転したり、社内コミュニケーションを円滑化するデジテルツールを活用したりすることにより、実質的な交流・相互理解を推し進める必要があります。

3.属人化しているノウハウ・業務などを共有資産に変える

技術・ノウハウ・業務・顧客関係などが社長や特定のキーパーソンに帰属してしまっていて、他の人材には理解・処理ができない状態(属人化している状態)だと、それらの経営資源を新しい体制に引き継いで価値を引き出していくことが難しくなります。

M&Aた社長交代を行う前に、属人化している要素をあぶりだし、マニュアル化などを通して社内で共有できる情報資産にしておくことで、新体制への伝承が容易になります。

4.先代社長が会社に残って事業引き継ぎに協力する

新体制への移行を円滑化するため、先代社長が一定期間会社に残りノウハウの伝承などに協力することも有用です。ただし、先代社長の在籍期間を明確にしておかなかったり、長く設定しすぎたりすると、先代社長の影響力が後々まで残ってしまい、新体制による事業改革の障害になる恐れがあります。

M&Aや社長交代による従業員の不安とは

組織・人事コンサルティングサービスを提供するクレイア・コンサルティングが2016年に売り手企業の正社員400名を対象として行った意識調査によると、売り手企業正社員の4割以上がM&A発表時に転職を考え、M&A発表後1年未満で約10%、3年未満で約20%が実際に退職しています。

転職を考えた社員がM&A発表時に不安を抱いた事柄のトップ5は以下の通りです(括弧内は不安を抱いた人の割合)。

  1. 会社や事業の方向性がどうなるのか(82%)
  2. 組織改組や人事異動があるかどうか(78%)
  3. 業務の手続きやシステムが変わるかどうか(78%)
  4. 自分の給与や賞与がどうなるか(78%)
  5. 自分の労働条件や福利厚生(待遇)はどうなるのか(75%)

これらの不安が募ると、離職者が増えたり、社内の雰囲気が悪化することに繋がります。従業員への発信・情報共有をこまめに行い、全社で組織体制やシステム利用に関する認識を揃えることが重要でしょう。

参照:被買収企業、M&Aの発表を聞いて転職を考える人は4割以上(クレイア・コンサルティング)

まとめ

今回は、M&Aや社長交代後に生じやすい組織課題と課題解決に向けた取り組みについて解説してきました。M&Aや社長交代は、持続的な企業活動や企業成長を達成するための大きな決断の一つです。様々なメリットがある一方、会社の経営方針や企業文化が変わることによって、不安を感じる従業員も少なくありません。組織に亀裂が生まれないよう、事業を継承する背景や意図、継承のフローについて従業員に対して丁寧に説明することが重要でしょう。


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