トランザクティブメモリーとは?属人化を解消し組織の生産性を高める方法
テレワークの普及により、必要な情報を持つ人にたどり着くまでの時間が以前より長くなったと感じている経営者や人事担当者は少なくないでしょう。この課題を解決する鍵となるのが「トランザクティブメモリー」という考え方です。本記事では、トランザクティブメモリーの基本概念から組織にもたらす効果、具体的な構築方法まで解説します。組織の知識を最大限活用し、属人化リスクを解消する実践的なアプローチを学びましょう。
トランザクティブメモリーとは何か
「この件、誰に聞けばいいんだろう…」そう悩みながら、社内を探し回った経験はありませんか?テレワークが増えた今、必要な情報を持つ人を見つけるのに、以前の2倍も3倍も時間がかかるようになった。多くの企業がこの課題に直面しています。
解決の鍵は、すべての情報を共有することではありません。「誰が何を知っているか」を組織全体で把握する、トランザクティブメモリーという仕組みにあります。
トランザクティブメモリーの定義と基本概念
トランザクティブメモリーとは、組織やチーム内で「誰が何を知っているか」を全員が把握し、必要な時に適切な人から知識を引き出せる仕組みのことです。例えば、「経理のことなら田中さん」「システムのことなら山田さん」というように、各メンバーの専門性を組織全体で共有している状態を指します。
「交換記憶」とも呼ばれ、個人がすべてを記憶するのではなく、組織全体で知識を分散管理する考え方です。
ダニエル・ウェグナーによる提唱の背景と歴史
トランザクティブメモリーの概念は、1985年にハーバード大学の社会心理学者ダニエル・ウェグナーによって提唱されました。当初は夫婦やカップルなど親密な関係における記憶の共有を研究対象としていましたが、その後ビジネスの場でも応用されるようになります。
ウェグナーは、親密な関係にある二人が互いの記憶を補完し合う現象に注目しました。例えば、夫が金融関係の知識に強く、妻が医療関係の知識に強い場合、互いに相手の専門分野を尊重し、必要な時に頼り合う関係が生まれます。
この考え方を組織に応用すると、チームメンバー全員が同じ知識を持つ必要はなくなります。各自が得意分野を持ち、互いの専門性を認識していれば、組織全体として高いパフォーマンスを発揮できるのです。
トランザクティブメモリーが組織にもたらす効果
トランザクティブメモリーを構築することで、組織には複数のメリットが生まれます。単なる情報共有にとどまらず、組織の競争力を高める重要な要素となるでしょう。
生産性向上と業務効率化の実現
トランザクティブメモリーが機能している組織では、情報を探す時間が削減されます。
例えば、新規プロジェクトを立ち上げる際、社内ポータルで「過去の新規事業立ち上げ経験者」を検索すれば、3年前の新サービス導入を主導した佐藤さんにすぐアクセスでき、初期段階での失敗回避ポイントや社内調整のコツを直接聞くことができます。一から調査する必要がなくなり、企画から実行までの期間を大幅に短縮できる可能性があります。
また、すべての業務を自分で調べる必要がなくなるため、各メンバーは自分の専門領域により多くの時間を割けるようになります。
従業員の負担軽減と専門性の向上
従業員にとって、すべての情報を自分で記憶しようとすることは大きなストレスになります。トランザクティブメモリーがあれば、自分の専門領域以外の情報は適切な担当者に任せられるため、心理的な負担が軽減されるでしょう。
さらに、特定領域に時間を集中投下できるため、1年後には社内で唯一の専門家として認識されるレベルまで専門性を深めることが可能になります。例えば、複雑な労働法の改正対応や高度な財務モデリングなど、専門的な判断が求められる場面では、深い専門知識を持つ担当者の存在が組織の意思決定スピードを大きく左右します。
それ以外の効果として、チームメンバーが互いの専門性を尊重し合う文化も育ちます。例えば、会議で「この点は法務の鈴木さんの見解を聞こう」と自然に声が上がるようになり、各自の専門性が明確に認識される環境が生まれます。
属人化リスクの解消と知識の組織化
トランザクティブメモリーでは、誰がどの知識を持っているかが組織全体で共有されています。そのため、重要な知識の所在が明確になり、例えば退職の3ヶ月前から後任者と専門家をペアにして段階的にノウハウを移転するなど、計画的な引き継ぎが可能になります。
また、制度変更や新しいツールの導入時にも、その分野の担当者が情報を更新・発信することで、組織全体への浸透がスムーズになります。
イノベーション創出につながる知識連携
異なる専門性を持つメンバーが連携することで、新しいアイデアが生まれやすくなります。トランザクティブメモリーは、環境変化に応じて組織の能力を再構成する力(ダイナミック・ケイパビリティ)の基盤となる重要な要素です。
各メンバーの専門知識を組み合わせることで、例えばAI技術の急速な発展に対して、技術部門の知見とマーケティング部門の顧客理解を即座に統合し、3ヶ月以内に新サービスのプロトタイプを市場投入するといった迅速な対応が可能になります。
トランザクティブメモリーシステムの構築方法
トランザクティブメモリーを組織に導入するには、体系的なアプローチが必要です。単にツールを導入するだけでなく、「知識を独占せず共有する」「他者の専門性を尊重する」といった行動規範を浸透させる取り組みが求められます。
トランザクティブメモリーシステムの要素
効果的なトランザクティブメモリーシステムには、以下の要素が必要です。
専門性の認識
社内ポータルに各メンバーのスキルマップを掲載し、誰がどの分野に詳しいかを可視化します
信頼性の確保
情報提供者の実績や資格を明示し、情報の正確性を担保します
調整メカニズム
相談窓口や問い合わせフローを明文化し、適切な担当者にスムーズにアクセスできる手順を整備します
これらの要素は一度に導入するのではなく、優先順位をつけて段階的に構築することが重要です。まず5〜10名程度のチームで数ヶ月間試験運用し、「情報検索時間が30%削減された」などの定量的な成果を確認してから、段階的に他部門へ展開しましょう。
組織風土改革から始める
トランザクティブメモリーを機能させるには、知識を共有しやすい組織風土が不可欠です。情報を独占せず、オープンにする文化を醸成することから始めましょう。
まず経営層が率先して、全社会議で自身の専門知識や過去の失敗経験を共有するなど、情報をオープンにする姿勢を示すことが大切です。
また、知識共有の回数や質を人事評価の一項目に加え、昇進や賞与の判断材料とする制度も有効です。例えば、四半期ごとに「ナレッジシェア賞」を設け、最も多くの質問に回答した社員や、有益な情報を共有した社員を全社で表彰する仕組みが効果的です。
知識共有の初期段階では、どの情報をどこまで共有すべきか迷うなど、試行錯誤が伴います。完璧を求めすぎず、「まずは週1回、自分の得意分野について同僚に5分話してみる」といった小さな一歩を推奨し、失敗を責めない文化を醸成することが成功への近道です。
対面コミュニケーションを促進する仕組みづくり
トランザクティブメモリーの構築には、対面でのコミュニケーションが特に重要です。テレワークが普及した現在でも、月1回程度の対面ミーティングを設けることで、互いの人柄や専門性への理解が深まり、「この人なら信頼できる」という安心感が生まれます。
オフィス勤務の場合は、部署を超えた交流の場を設けましょう。週1回のランチミーティングで「今週困ったこと」を共有し合うことで、「経理の処理で困った時は山田さん」「顧客クレーム対応なら鈴木さん」といった専門性の認識が自然に広がります。
テレワーク環境では、ビデオ会議を活用した定期的な情報交換の場を設定します。業務報告だけでなく、「今週新しく習得したExcel関数」「参加したセミナーの要点」など、各自が得た知識を共有する時間を設けることで、専門性の所在が明確になります。
対面・オンラインを問わず、メンター制度やバディ制度も効果的です。入社3年目までの社員に経験豊富な社員をペアリングすることで、若手は「困った時は誰に聞けばいいか」を早期に把握でき、いずれは自律的に適切な担当者へアクセスできるようになります。
効果的なツールの活用方法
トランザクティブメモリーを効率的に管理するには、適切なツールの活用が欠かせません。
ナレッジ共有プラットフォームの導入ポイント
ツールを選ぶ際は、以下のポイントを重視しましょう。
使いやすさ
ITリテラシーの低い社員でも、3回の操作で目的の情報にたどり着けるシンプルな画面設計
検索機能
キーワード検索で3秒以内に結果が表示され、担当者の名前・部署・専門分野で絞り込みが可能
更新の容易さ
スマートフォンからでも5分以内に情報の追加・修正ができる仕組み
これらの基準を満たすツールを2〜3種類に絞り込んだら、導入前に必ず試験運用を行いましょう。10名程度のチームで1ヶ月間使用し、「検索に時間がかかる」「情報更新の手順がわかりにくい」などの実務上の課題を洗い出してから全社展開するのが賢明です。
ナレッジ共有プラットフォームを導入する際は、情報の単なるデータベース化にとどめないことが重要です。各メンバーのプロフィールページに専門分野タグを表示し、「財務分析」「労務管理」などのキーワードで担当者を検索できる機能を活用しましょう。
そして、効果的な活用のためには、以下の機能を重視します。
プロフィール機能
各社員が保有資格や過去のプロジェクト経験を登録し、「M&A経験者」などで検索可能にする
質問履歴の蓄積
社内Q&Aで回答数の多い社員を「その分野の専門家」として自動的にランキング表示する
利用状況の分析
月次レポートで「検索されていないキーワード」や「アクセスの少ないページ」を抽出し、情報構造を改善する
ツールは導入して終わりではなく、四半期ごとに利用状況を分析し、「使われていない機能の削除」や「頻繁に検索されるキーワードの追加」などの改善を継続することが重要です。
トランザクティブメモリーで「個」の記憶を「組織」の資産に変える
トランザクティブメモリーは、個人の知識を組織の資産として活用するための強力な仕組みです。属人化のリスクを解消しながら、各メンバーの専門性を最大限に引き出せるでしょう。
導入には組織文化の変革が必要ですが、情報検索時間の削減による年間数百時間の工数削減や、属人化解消による事業継続性の向上など、その効果は組織の競争力を大きく左右します。
まずは自部門で「週1回のスキル共有ミーティング」を3ヶ月間実施し、情報アクセス時間の変化を測定することから始めてみてください。
「誰が何を知っているか」を組織全体で把握するトランザクティブメモリーは、テレワーク時代の情報アクセス課題を解決し、あなたの組織の生産性を次のステージへ引き上げる実践的なアプローチです。


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