定年延長で企業はどう変わる?人件費・賃金体系の見直しと実践ポイント

少子高齢化の進行に伴い、労働力人口の減少が深刻化する中、経験豊富なシニア層を有効活用することは、企業の持続的成長にとって重要な課題です。しかしながら、人件費の増加や組織の新陳代謝の停滞といった懸念もあり、慎重な対応が必要となっています。この記事では、定年延長の背景とその影響を整理し、企業が直面する課題とその解決策について解説します。

定年延長の背景と現状

日本では少子高齢化が進み、労働力不足が深刻な問題となっています。その中で、定年延長はこの問題を解決する選択肢の一つとして採用する企業が増えています。

定年延長の目的や背景、高年齢者雇用安定法の改正、年金制度の変化などを整理し、企業がこの流れにどう対応すべきかを見ていきます。 

定年延長の定義と目的

定年延長とは、企業が従業員の雇用期間を従来の定年年齢よりも引き上げ、より長く働ける環境を整えることを指します。日本では、一般的に60歳を定年としてきましたが、近年では65歳以上へ引き上げる動きが加速しています。

その目的は主に二つあります。一つは、少子高齢化による労働力不足を補うことです。特に専門技術や豊富な経験を持つシニア層を活用することで、企業は人材の安定確保や技術継承を図ることが可能です。

もう一つは、従業員の生活安定を支援することです。年金支給開始年齢の引き上げや、長寿化に伴う老後資金の不安から、長く働き続けることを希望する人も増えています。

しかし、定年延長には組織全体の年齢構成や人件費の問題など、さまざまな課題も伴います。そのため、企業は自社の状況に応じた適切な制度設計を行うことが求められます。

高年齢者雇用安定法の改正内容

高年齢者雇用安定法は、企業が高齢者の雇用を確保するための措置を義務付ける法律です。2021年の改正により、従来の65歳までの雇用確保措置に加え、70歳までの就業機会確保が努力義務とされました。

具体的な改正のポイントは以下の通りです。

○65歳までの雇用確保義務の継続

  • 定年の引き上げ
  • 継続雇用制度の導入
  • 定年の廃止

○70歳までの就業機会確保の努力義務

  • 定年の引き上げ
  • 継続雇用制度の導入
  • 業務委託契約の活用
  • 社会貢献活動への就業支援

この改正により、企業は単に定年を延長するだけでなく、多様な雇用形態を導入し、シニア層が柔軟に働ける環境を整える必要があります。特に、定年後の役割や処遇を明確にすることが、企業の人事戦略において重要な課題となります。

参考:高年齢者雇用安定法 改正の概要|厚生労働省

年金支給開始年齢の引き上げとその影響

現在、厚生年金の支給開始年齢は段階的に65歳へ移行しており、将来的にはさらに引き上げられる可能性も指摘されています。

この影響により、定年後すぐに年金を受け取れない人が増え、経済的な理由から働き続ける必要性が高まっています。

企業にとっては、シニア層の雇用ニーズが増す一方で、長期間の雇用による人件費負担の増加や、若手社員の昇進機会の減少といった課題も生じます。

企業がこの変化に対応するには、定年延長に伴う賃金体系の見直しや、柔軟な働き方の導入が不可欠です。例えば、役割に応じた給与体系や、短時間勤務制度の導入など、シニア層が働きやすい環境を整えることが必要になります。

参考:厚生年金の支給開始年齢の引上げ|厚生労働省

定年延長のメリットとデメリット

定年延長には、企業と従業員双方にとってのメリットとデメリットがあります。以下では、定年延長による企業と従業員それぞれのメリット・デメリットを詳しく解説します。 

企業にとってのメリット

企業にとっての定年延長の最大の利点は、長年の経験と専門知識を持つ人材を引き続き活用できることです。特に、技術職や専門職では、シニア社員が培ってきた知識やスキルを継承することが重要です。また、シニア社員の指導によって、若手社員の成長を促進することも可能になります。

加えて労働力不足の解消にもつながります。少子高齢化が進む日本では、若年層の採用が難しくなっており、即戦力となるシニア層の活用は有効な手段です。新たな採用や育成にかかるコストを抑えながら、安定した労働力を確保できる点は企業にとって大きなメリットとなります。

さらに、社会的評価の向上も期待できます。政府の高齢者雇用推進政策と一致する形で、定年延長に取り組む企業は、CSR(企業の社会的責任)の観点からも評価されます。シニア層の活用は、企業のブランド価値向上や、取引先・消費者からの信頼獲得にも寄与するでしょう。

企業にとってのデメリット

定年延長にはメリットがある一方で、企業にとっての課題もあります。最大の問題は人件費の増加です。年齢が上がるほど給与水準も高くなるため、雇用を延長すればその分コスト負担が大きくなります。特に、賃金体系を見直さないまま定年を延ばすと、企業の財務に影響を与える可能性があります。

また、組織の新陳代謝が低下するリスクもあります。シニア層が長く働くことで、若手社員が昇進する機会が減ったり、新規採用を控えたりすることになりかねません。これにより、組織が停滞し、若手のモチベーション低下につながることが懸念されます。

さらに、業務適応力の問題も考えられます。特にデジタル技術の進化が速い業界では、高年齢社員が新しい技術や業務プロセスに適応するのが難しい場合があります。企業はシニア社員向けの研修を強化したり、適材適所の配置転換を行ったりすることで、こうした課題に対応する必要があります。

従業員にとってのメリット

定年延長は、従業員にとって大きなメリットがあります。最も重要なのは、安定した収入を確保できることです。近年、年金の支給開始年齢が引き上げられたことで、60歳で定年を迎えた後に収入が途絶えるリスクが高まっています。しかし、定年延長によって働ける期間が延びることで、給与を得られる時間が増え、老後の経済的な不安を軽減できます。

また、社会とのつながりを維持できることも大きな利点です。仕事を続けることで、社会的な役割を持ち続け、精神的な充実感や生きがいを感じることができます。特に、長年勤めた企業で経験を活かしながら働けることは、大きなモチベーションとなるでしょう。

最近では、シニア社員が新たなプロジェクトに参加するケースも増えています。単に雇用が延びるだけでなく、新たなキャリア形成の機会として活用されることもあり、定年延長がより前向きな選択肢になりつつあります。

従業員にとってのデメリット

一方で、定年延長には従業員にとっての負担もあります。特に大きな問題となるのが、身体的・精神的負担の増加です。

年齢を重ねるにつれて体力や集中力が低下する人も多く、長時間労働が必要な職場ではその影響がより顕著になります。その結果、健康を維持しながら働き続けることが難しくなるケースもあります。

また、役職や給与の変動も重要な課題です。多くの企業では、定年後の雇用形態を見直し、給与を減額することが一般的です。

そのため、「仕事内容は変わらないのに収入が減る」といった状況が発生し、働く意欲の低下につながる懸念も捨てきれません。

定年延長の具体的な企業事例

以下では、実際に定年延長を導入した企業の事例を紹介します。製造業、IT業界、生命保険業界の取り組みを通じて、柔軟な働き方や組織の活性化の工夫を見ていきましょう。

製造業における定年延長の成功事例

ダイキン工業株式会社は、人材力の強化を目的として定年を65歳に引き上げ、さらに70歳以上の継続雇用制度を導入しました。従来の56歳での役職定年と、それに伴う賃金見直しを廃止し、65歳まで年齢による一律の賃下げを行わない給与体系に変更したことが大きな特徴です。

人事制度の見直しにおいては、若手・中堅層を含む全世代の能力向上と成果を重視する方針を採用し、成果評価に「結果」「挑戦」「成長」の3つの視点を導入しました。これにより、シニア社員のモチベーションを維持しつつ、組織全体の活性化を図っています。

定年延長による人件費増加に対しては、年功的な手当を廃止しながらも、賃金カーブの抑制は行わず、「人」への投資と位置付けています。今後は、成長を促す施策や福利厚生の再構築、マネジメント力の向上を通じて、多様な人材が活躍できる環境を目指しています。

参考:ダイキン工業株式会社 

IT業界での定年延長の取り組み

富士通は、シニア人材を戦力として活用するため、待遇改善を積極的に進めています。特に、老朽化した基幹システムの運用・保守において、シニアエンジニアの知見が不可欠とされています。

同社では、「モダナイマイスター」という社内認定資格を設け、特定のスキルを持つシニア社員に独自の給与体系を適用しました。その結果、60歳の定年後も一般社員並みの給与水準を維持し、65歳を超えても働き続けられる制度を導入しました。

また、政府の調査によると、60代後半の男性の6割以上、女性の4割以上が就業しており、65歳以上の就業者数は20年連続で増加しています。こうした状況を踏まえ、富士通では年齢にとらわれず、高齢社員の役割とキャリアを再設計することで、組織の生産性向上を図っています。

ITシニア人材、「25年の崖」で主戦力 富士通など厚待遇

生命保険株式会社の導入事例

太陽生命保険株式会社は、シニア職員が意欲的に働ける制度を整備し、企業のブランドイメージ向上にもつなげています。大手生命保険会社として初めて65歳定年制および70歳までの継続雇用制度を導入し、役職定年を廃止し、さらに年齢による一律の処遇引き下げを撤廃し、成果に応じた給与体系を導入しました。

2020年の改定では、給与の固定部分を縮小し、変動部分を拡大することで、成果を反映しやすい給与体系へとシフトしました。その結果、シニア社員のモチベーション維持と生産性向上の両立を図っています。

同社では、シニア社員の活躍推進のため、これまでの業務経験を活かせる役割を重視し、お客様相談窓口や内部監査、営業職員の募集・管理業務などでの活躍を期待しています。加えて、最新の知識や技術を身につけるためのリスキリング(再教育)の機会も提供し、働き続けるためのスキル向上を支援しています。

参考:太陽生命保険株式会社

定年延長を検討する際のポイント

定年延長を導入するには、目的を明確にし、自社の状況を適切に分析することが重要です。また、賃金体系や人件費の見直し、退職金制度の再構築など、具体的な準備が必要となります。本章では、これらのポイントについて詳しく解説します。

 定年延長の目的を明確にする

定年延長を成功させるには、導入の目的を明確にすることが不可欠です。主な目的として、労働力不足への対応、技術やノウハウの継承、従業員の生活安定の確保が挙げられます。

少子高齢化の進行により、特に専門職や中小企業では人材確保が課題となるため、熟練社員の活用が有効です。

例えば、製造業では経験豊富な技術者が減少すると、品質の維持や後進の指導に支障をきたす可能性があります。そのため、定年を延長し、熟練社員が引き続き貢献できる仕組みを整えることが重要です。

また、長年培った技術や知識を若手社員に継承するためにも、シニア社員の活用が重要となります。特に、業界特有のノウハウや社内文化を次世代に引き継ぐことは、企業の競争力維持にもつながります。

 自社の高年齢化の傾向と課題を分析する

定年延長を実施する前に、自社の人材構成を分析し、高年齢化の影響を把握する必要があります。年齢別の従業員構成を確認し、シニア層の増加が将来的な人員バランスにどのような影響を与えるかを検討することが重要です。

定年延長が特定の職種にどのような影響を与えるかも分析し、特に経験が重要な職種では延長がメリットになる一方、デジタル技術の習得が求められる分野では適応力の問題が発生する可能性があります

例えば、IT業界では新しい技術の変化が速いため、定年延長によってシニア層が最新技術に適応できるかを考慮する必要があります。

シニア層の雇用延長が若手の昇進機会を阻害しないよう、キャリアパスの見直しも必要です。シニア社員が後進の指導役として活躍する仕組みを整えることで、世代間のバランスを取りながら組織の成長を促進できます。

 賃金体系と人件費の見直し

定年延長による人件費の増加を抑えるためには、従来の賃金体系を見直すことが求められます。役割に応じた賃金設計を行い、シニア社員が担う役割に応じた報酬体系に変更することで、適正な給与水準を維持できます。

また、業績や貢献度に応じた報酬制度を導入し、公平性を保ちつつ人件費を適切にコントロールすることが可能です。例えば、業績評価に基づく報酬体系を導入し、貢献度に応じた給与を支給することで、モチベーションの維持とコスト管理の両立が図れます。

加えて、短時間勤務や週3〜4日の勤務形態を導入することで、給与負担を抑えながらシニア層の活用を進める方法もあります。柔軟な働き方を取り入れることで、シニア社員が無理なく働き続けられる環境を整えることができます。

 退職金制度の再構築

定年延長に伴い、退職金制度の見直しも必要になります。60歳定年を前提とした制度では企業の財務負担が増加するため、支給タイミングの調整や、勤続年数による支給額の見直しが求められます。

例えば、退職金を段階的に支給する方式を導入すれば、企業の負担を分散できます。一定年齢ごとに部分的に退職金を受け取る仕組みを導入することで、企業と従業員の双方にとってメリットのある制度設計が可能となります。

確定拠出年金(DC)を活用し、従業員自身が老後資金を計画的に準備できる仕組みを整えることも有効です。従業員が主体的に資産形成を行える環境を整えることで、定年延長後の生活の安定にも寄与します。

適切な制度の設計と運用を行うことで、企業の持続的な成長とシニア社員の働きやすさの両立が実現できます。

定年延長の未来と企業の持続的成長に向けて

労働力不足の解消や技術継承の観点から、シニア層の活用は企業の競争力を維持する重要な戦略の一つです。

その一方で人件費の増加や組織の新陳代謝の停滞といった課題も無視できません。企業が持続的に成長していくためには、単に定年年齢を引き上げるだけではなく、賃金体系の見直しや柔軟な働き方の導入を進めることが求められます。

定年延長を単なる負担増と捉えるのではなく、企業の成長機会として前向きに活用することで、持続可能な人材戦略を実現することができるでしょう。

著者情報

人と組織に働きがいを高めるためのコンテンツを発信。
TUNAG(ツナグ)では、離職率や定着率、情報共有、生産性などの様々な組織課題の解決に向けて、最適な取り組みをご提供します。東京証券取引所グロース市場上場。

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