農業M&Aとは?動向やメリット、成功のポイントを分かりやすく解説

「後継者がいない」「設備投資の資金が足りない」といった農業の課題を解決する手段として注目されているのが農業M&Aです。法人だけでなく個人農家も活用できます。本記事では、農業M&Aの仕組みや成功のコツを詳しく紹介します。

農業M&Aの基礎知識

農業分野でも企業や個人が事業を引き継ぐ農業M&Aが広がっています。まずは、基本的な仕組みや動向を見ていきましょう。

農業M&Aとは

農業M&Aとは、農業経営において経営資源を承継・譲渡する手法です。農地・設備・従業員・取引先など多様な資産が対象となります。

一般的な企業M&Aと同様に、株式譲渡や事業譲渡といったスキームを用いて事業を引き継ぎますが、農業M&Aでは農地法や農業委員会の許可が関係します。

農業分野では高齢化や後継者不足が深刻化しており、廃業を避けるための選択肢としてM&A活用が広がっています。売り手側にとっては、農地の引き受け先や従業員の雇用を守りながら事業を継続できる点が魅力です。一方の買い手側には、参入障壁が高い農業において、農地・販路・ノウハウを一括で取得しやすいメリットがあります。

近年では、農業法人同士の統合だけでなく、食品メーカー・商社・IT企業など異業種からの農業参入にも活用されるケースが増加しています。

農業M&Aの動向

農林水産省の統計によると、主に自営農業に従事している基幹的農業従事者の平均年齢は上昇傾向にあります。2015年は67.1歳、2020年は67.8歳、2024年には69.2歳となっており、高齢化が進んでいるのが実情です。

また、2024年時点で基幹的農業従事者の約7割が65歳以上を占めており、担い手不足と世代交代の遅れが深刻な課題となっています。こうした背景を受け、経営資源を確保・承継する手段として、M&Aが注目を集めています。

異業種からの参入が活発化している点もポイントです。食品関連企業・商社・建設会社などが、M&Aを活用して新規事業として農業へ参入する動きが広がっています。

さらに、自治体や地域金融機関が関与し、地域の農業基盤維持や耕作放棄地対策を目的とした地域再生型M&Aも活発化しています。

出典:農業労働力に関する統計:農林水産省

農業M&Aのメリットとリスク・注意点

農業M&Aは事業承継や経営課題の解決に役立つ一方で、注意すべきリスクも存在します。売り手・買い手の双方が正しく理解し、準備を進めることが重要です。

農業M&Aのメリット

農業M&Aは、事業の存続や経営基盤の強化に役立つ手法として注目されています。売り手にとっては、廃業に伴う農地の荒廃や従業員の失職を防ぎながら、譲渡対価によって引退後の生活資金を確保できる点が魅力です。

また、長年築いた取引先との関係や地域ブランドを次世代へ引き継ぐことで、地域農業全体の存続にも貢献できます。その他にも、従業員の雇用維持や地域農業の継続につながる点が大きなメリットです。

一方、買い手にとっては、新規参入時に農地を探し許可を得るまでに通常2〜3年かかることもあるプロセスを大幅に短縮でき、既存の取引先や栽培ノウハウをそのまま活用できるため、初年度から安定した生産・販売が可能になります。

新規参入が難しい農業分野において、M&Aは参入コストを抑えつつ事業基盤を早期に構築できる有効な選択肢です。また、設備・人材・生産体制を一括で引き受けられるため、事業の立ち上げ時間を大幅に短縮できる点も評価されています。

農業M&Aのリスク・注意点

農業M&Aでは、買収後に経営方針の違いが表面化し、従業員の離職や生産効率の低下が起こる可能性があります。農業では、従来の経営スタイルや地域との関係性を尊重しなければ、農協・取引先・地権者からの信頼が損なわれ、販路喪失や農地の賃借契約解除につながるリスクがあります。

また、農地を扱う以上、農地法や農業委員会の許可・各種許認可の承継手続きが必要となり、一般のM&Aと比べ法的な確認項目が多くなります。買い手が農地所有適格法人の要件(例:役員の過半数が農業に常時従事する構成員であること、議決権の過半数を農業関係者が有することなど)を満たさない場合はスキーム変更が必要になるため、.事前の法務・財務・事業デューデリジェンスで適格性を確認することが不可欠です。

さらに、農業機械の老朽化や将来の後継者育成など、中長期的な経営課題を引き継ぐ点にも注意する必要があります。

農業M&Aで用いられるスキーム

同じ農業M&Aでも、法人同士で行う場合と個人が関わる場合では、手法・契約形態・手続きが大きく異なります。適切なスキームを選ぶことが成功の前提となるため、それぞれの特徴を理解しておきましょう。

法人がM&Aを実施する場合

農業法人がM&Aを実施する場合、一般的に用いられる手法は株式譲渡です。株式譲渡は、売り手が保有する株式を買い手に譲り渡すことで経営権を移転する方法であり、法人格・契約関係・許認可・従業員との雇用契約を維持したまま事業を承継できます。

取引先との継続的な取引やブランド・ノウハウをそのまま引き継げるため、事業の継続性が高い手法として、多くの農業M&Aで採用されています。また、農地を保有する農地所有適格法人の場合でも、適格要件を満たす形であれば株式譲渡による承継は可能です。

ただし、買い手が要件を満たさない場合は事前の体制整備やスキーム調整が必要になるため、法務チェックが欠かせません。

個人がM&Aを実施する場合

個人農家がM&Aを実施する場合は、事業譲渡が用いられるケースが一般的です。事業譲渡とは、事業そのものを構成する資産を個別に譲渡する方法であり、農地・設備・在庫・取引先・従業員との契約などを選択的に承継できます。

法人格を引き継ぐ株式譲渡とは異なり、不要な債務を除外できるため、リスクを抑えた承継が可能です。一方で、資産や契約を一つずつ名義変更する必要があり、手続きが煩雑になる点に注意が必要です。

特に農地の引き継ぎには農地法に基づく許可申請が必要であり、農業委員会の審査を経なければなりません。また、個人間の取引では価格や契約条件が不明確になりがちなため、事前に資産評価や契約書の整備を行ってトラブルを防ぐことが重要です。

農業M&Aを成功させるポイント

農業M&Aは単なる事業の売買ではなく、地域性や農地法など特有の条件を伴う取引です。円滑な承継のためには、売り手と買い手がそれぞれの立場で注意すべき点を理解し、事前準備を徹底する必要があります。

売り手側が意識すべきポイント

農業M&Aにおける売り手側は、財務状況・農地・機械設備・在庫・取引先契約などの資産価値を整理し、事業の全体像を明確にしておくことが重要です。特に農地については、権利関係・地目・賃借契約の有無などを事前に確認し、不備があれば解消しておく必要があります。

また、買い手候補を選定する際には単に売却価格だけで判断するのではなく、経営方針・農業への取り組み姿勢・地域社会との関係性を重視し、相性を見極める必要があります。承継後も円滑に事業を継続してもらうためには、従業員・取引先への配慮や引き継ぎ期間中のサポート体制の検討も欠かせません。

買い手側が意識すべきポイント

買い手側は、表面的な情報だけで判断せず、デューデリジェンスを通じて農地の権利関係・設備の稼働状況・主要人材の定着意向・取引先との契約条件など、事業の実態を具体的に検証する必要があります。

農業は自然条件や地域性の影響を受けやすく、現場の運営体制や栽培技術が属人的になっている場合も多く見られます。そのため、引き継ぎ後に経営が停滞しないよう、農業ノウハウの共有方法や現場責任者の役割継続について事前に協議しておく必要があるでしょう。

また、M&A成立後のPMI(統合作業)を重視し、従業員の不安解消・地域との関係維持・取引先との信頼継続を意識した対応が求められます。農業は地域社会との結び付きが強いため、地域理解を欠いた経営方針の転換は反発を招くリスクがあり、慎重な進め方が不可欠です。

農業M&Aの事例

農業M&Aでは、同業の農業法人同士による事業統合に加え、食品・商社・ITなど異業種の参入も増えています。具体例を見ながらその特徴を整理します。

農業×農業の具体例

農業同士のM&Aの代表的な事例として、グッドソイルグループによるアグリ・アライアンスの子会社化が挙げられます。

グッドソイルグループは全国各地で農業事業を展開しており、グループ経営によって農業の産業化を進めています。一方、アグリ・アライアンスは地域に根差した農業経営を行う企業であり、高品質な生産体制と地域流通ネットワークを強みとしていました。

このM&Aは、同業連携による経営資源の統合を通じて、生産効率の向上・販路拡大・人材育成を推進する目的で実施されたものです。同時に、地域農業を維持しながら成長戦略を描くモデルとしても注目されています。

農業×他業種の具体例

農業M&Aは異業種企業による参入の手段としても活用されており、新たな価値創出につながる事例が増えています。例えば、発電機器の販売事業を展開するプロジェクトウサミが、きのこ栽培を手掛ける七つ森ふもと舞茸の事業を承継したケースがあります。

七つ森ふもと舞茸は高品質な舞茸の生産で知られていましたが、事業承継や経営継続に課題を抱えていました。プロジェクトウサミは異業種でありながら、これまでの法人運営経験と事業管理ノウハウを生かし、農業分野への新規参入を実現しました。

このM&Aは異業種の経営資源を農業に生かした成功例であり、生産工程の改善・事業運営の効率化・販売力の強化に結びついたケースです。農業と他業種の組み合わせは、今後も地域農業の維持や新産業モデル創出に貢献するものとして注目されています。

農業M&Aを活用し持続可能な経営を実現

農業M&Aは、後継者不在による廃業リスクを回避しながら、買い手の経営資源を取り込むことで事業の成長を同時に実現できる戦略的選択肢です。

農地・設備・販路・技術を承継しながら経営基盤を強化でき、法人だけでなく個人農家にも活用が広がっています。

一方で、農地法の制約や地域との信頼関係の維持など、農業特有のリスクも存在します。重要なのは、双方の目的を明確にし、適切なスキームと準備の上で進めることです。M&Aを上手に生かし、持続可能な農業経営を実現していきましょう。

著者情報

人と組織に働きがいを高めるためのコンテンツを発信。
TUNAG(ツナグ)では、離職率や定着率、情報共有、生産性などの様々な組織課題の解決に向けて、最適な取り組みをご提供します。東京証券取引所グロース市場上場。

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