裁量労働制でも残業代は発生する?割増賃金が必要なケースや運用のポイント
裁量労働制を導入している企業でも、残業代(割増賃金)の取り扱いを誤れば法令違反や従業員の離職につながるリスクがあります。みなし労働時間制の一つである裁量労働制は、適切に運用すれば生産性向上と従業員満足度の両立が可能な制度です。本記事では、裁量労働制の基本的な仕組みから、割増賃金が発生する具体的なケースと運用上の注意点まで、実務に即して解説します。
裁量労働制とは
裁量労働制の残業代について考えるには、まず裁量労働制の仕組みを理解していなければなりません。裁量労働制の意味や種類について、法律や公的機関の資料を基に解説します。
「みなし労働時間制」の一つ
裁量労働制は、労働基準法に定められたみなし労働時間制の一つ(同法第38条の3、第38条の4)で、対象業務や導入要件が定められている制度です。
みなし労働時間制とは、実際の労働時間を問わず、あらかじめ決めた所定労働時間(みなし労働時間)を働いたと見なす労働時間の管理方法を指します。企業は個別の残業や早退の時間計算が不要となり、人件費の予測や管理がしやすくなります。
ただし、これは単に管理を簡素化するための制度ではなく、業務の性質上、労働時間の配分を労働者の裁量に委ねることが適切な職種に限定されています。
みなし労働時間制には「事業場外みなし労働時間制」(同法第38条の2)もありますが、事業場外で働いていて労働時間の算定が難しい場合は業務の種類を問わない点で、裁量労働制とは違います。
参考:労働基準法 第38条の2・第38条の3・第38条の4|e-Gov法令検索
企画業務型裁量労働制・専門業務型裁量労働制の2種類
裁量労働制は「企画業務型裁量労働制」「専門業務型裁量労働制」の2種類に分けられ、対象業務や導入に必要な手続きが異なります。
両者を混同すると、適法に裁量労働制を運用できなくなってしまいます。それぞれの対象業務や手続き方法を、しっかりと把握しておきましょう。
企画業務型裁量労働制
企画業務型裁量労働制は、労働基準法第38条の4に対象業務の要件や手続きが定められています。対象業務は、以下の全てを満たす業務です。
- 働く事業場の事業運営に関わる
- 企画や立案・調査・分析が含まれる
- 業務の性質から客観的に判断して、業務の遂行方法を労働者の裁量に委ねる必要がある
- 時間配分や業務遂行について使用者が具体的に指示しない
導入には、次のステップ全てをクリアしなければなりません。
- 対象者本人の同意を得る
- 労使委員会を招集し、対象業務の種類や対象者・みなし労働時間数・使用者が具体的な指示をしないこと・健康確保や苦情処理に関する措置を講ずることなどを4/5以上の多数で決議する
- 決議の内容を労働基準監督署に届け出る
参考:企画業務型裁量労働制について PDF2枚目|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
専門業務型裁量労働制
専門業務型裁量労働制についてのルールを定めているのは、労働基準法第38条の3です。企画業務型裁量労働制と違って、対象業務は厚生労働省令で具体的に列挙されています。対象業務は20種類あり、研究や情報処理システムの分析・設計など、いずれも専門性が求められる業務です。
導入の手続きとしては、次のステップが必要です。
- 対象業務の種類や対象者・みなし労働時間数・使用者が具体的な指示をしないこと・健康確保や苦情処理に関する措置を講ずることなどを、過半数労働組合(ない場合は労働者の過半数代表者)と労使協定を締結する
- 協定届を労働基準監督署に届け出る
参考:専門業務型裁量労働制について PDF2枚目|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
裁量労働制で残業代(割増賃金)が発生するケース
裁量労働制を含む「みなし労働時間制」は実際に働いた時間を問わないので、基本的に「残業代」は発生しません。ただ、割増賃金が発生することもあります。具体的にどのような場合、割増賃金が発生するのでしょうか。
みなし労働時間が法定労働時間を超えている
裁量労働制でも、あらかじめ設定したみなし労働時間が法定労働時間(1日8時間)を超えていれば、その時間に対して割増賃金が発生します。
労働基準法第37条第1項と「労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令」によれば、時間外労働(法定時間を超えた労働)に対する割増率は25%以上(月60時間を超える場合は50%以上)です。この割合を下回ると罰則が科されます。
みなし労働時間が10時間、1カ月の所定労働日数が22日、1時間当たりの賃金が4,000円だった場合を例に割増賃金を計算してみましょう。割増率は最低限の25%で考えます。
割増賃金は法定労働時間(1日8時間)を超えた時間に対して発生するので、1カ月に発生する割増賃金は次のように算出できます。休日労働や深夜労働はない前提です。
4,000円×(10時間-8時間)×22日×25%=4万4,000円
なお、時間外労働をさせるには36協定の締結と届け出が求められます。
参考:労働基準法 第36条 第37条第1項|e-Gov法令検索
参考:労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令|e-Gov法令検索
深夜労働や休日労働が発生する
深夜労働(22時〜翌5時の労働)や休日労働(法定休日の労働)にも割増賃金が必要です。みなし労働時間制は実際の労働時間を問わないために残業自体がありませんが、深夜労働や休日労働は別の概念です。
裁量労働制を導入していても、深夜労働や休日労働には法定の割増賃金を支払わなければなりません。深夜労働・休日労働の割増率は次の通りです。
- 深夜労働の割増率:25%以上(労働基準法第37条第4項)
- 休日労働の割増率:35%以上(同条第1項、労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令)
深夜労働は特に協定を結ぶ必要はありませんが、休日労働をさせるには36協定の締結・届け出が必要です。
参考:労働基準法 第37条第1項・第4項|e-Gov法令検索
参考:労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令|e-Gov法令検索
裁量労働制を運用する際の注意点
裁量労働制の運用では、法令遵守だけでなく従業員の健康管理や実質的な裁量の確保が重要な課題となります。形式的に制度を導入しても、実態が伴わなければ法的リスクや従業員の不満につながります。ここでは、特に注意すべき二つのポイントについて、実務的な観点から解説します。
健康リスクに対する措置が必要
裁量労働制では従業員自身が労働時間を管理するため、責任感の強い従業員ほど長時間労働に陥りやすいという構造的な問題があります。2024年4月からは健康・福祉確保措置が強化され、企業により積極的な対応が求められるようになりました。
<長時間労働の抑制や休日確保を図るための措置(事業場全体が対象)>
- 勤務間インターバルを設ける(終業から始業までに一定時間以上の休息時間を確保する)
- 深夜業(22時〜翌5時)の回数を1カ月に一定回数以内に収める
- 労働時間が一定時間を超えた場合は制度適用を解除する
- 連続して年次有給休暇を取得してもらう
<勤務状況や健康状態の改善を図るための措置(対象労働者それぞれの状況に応じて実施)>
- 医師による面接指導を受けてもらう
- 代償休日・特別な休暇を付与する
- 健康診断を実施する
- 心身に関する問題を相談する窓口を設置する
- 必要に応じて配置転換をする
- 産業医などから助言・指導や保健指導を受けさせる
特に「労働時間が一定時間を超えた場合の制度適用解除」は、対象者の健康状態を把握し、必要に応じて実施するのが望ましいとされています。
参考:企画業務型裁量労働制について PDF2枚目|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
参考:専門業務型裁量労働制について PDF3枚目|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
実質的に裁量がないと認められない
裁量労働制は、対象者本人が業務の進め方や時間配分に裁量を持って働くことを前提としています。制度として裁量労働制を導入していても、実質的に対象者の裁量より上司などの指示が優先されていれば裁量労働制と認められません。
裁量労働制が無効と判断された場合、実労働時間に基づく残業代の支払い義務が遡及的に発生します。過去2年分の未払い残業代請求を受ける可能性があり、その金額は企業経営に大きな影響を与えかねません。さらに労働基準監督署からの是正勧告や企業名公表のリスクもあります。
裁量労働制で従業員の満足度を上げるには
裁量労働制は、本来時間に縛られずに働けることで従業員満足度が高まる制度です。とはいえ、実際には実働時間だけが際限なく長くなり、モチベーション低下や職場への満足度が下がるケースも少なくありません。裁量労働制を取り入れることで満足度を上げるには、企業としての工夫が必要です。
業務の量や配分が適正か見直す
裁量労働制の最大の課題は、業務量が過大な場合に労働時間が際限なく長くなることです。特にクライアント対応や期限のある業務では、責任感の強い従業員ほど必要な業務が終わるまで働き続ける傾向があり、結果として健康を害するリスクが高まります。
現状、裁量労働制の下で働いている従業員がいる場合、健康を害さない労働時間で遂行できる業務量なのかチェックする必要があります。もし業務量が多すぎたり特定の対象者に偏っていたりするなら、適正な業務量に配分し直しましょう。
効率化につながるツールや仕組みを導入する
裁量労働制の成否は、対象者の業務効率によって大きく左右されます。効率的に働ける環境があれば自由な時間を確保できる一方、非効率な業務プロセスのままでは長時間労働の温床となってしまいます。組織として業務効率化を支援することが重要です。
個々のスキルによるところもありますが、組織として不要・非効率な作業の整理や効率化を助けるツールの導入などできることは多いでしょう。裁量労働制の対象者だけでなく、チームや企業全体の生産性向上にもつながります。
裁量労働制でも残業代は発生する
裁量労働制は、実働時間を問わずあらかじめ決めた「みなし労働時間」だけ働いたこととする制度です。企画業務型裁量労働制も専門業務型裁量労働制も、それぞれ対象業務や必要な手続きが法令で定められています。
裁量労働制には残業という概念がないため、所定労働時間を超えた分の賃金という意味での「残業代」は発生しません。ただ、みなし労働時間が法定労働時間を超えていたり深夜労働や休日労働があったりするなら、法定の割増率で計算した割増賃金の支払い義務が生じます。
また、実際には対象者自身の裁量で働けていないという場合、裁量労働制が無効となり、みなし労働時間を超えて働いた時間分の残業代を要求される事態にもなりかねません。裁量労働制を運用するに当たっては、しっかりと要件をチェックして逸脱していないか見直しましょう。