従業員持株会とは?企業と従業員のメリット・デメリットと導入方法を解説
従業員の定着率向上や帰属意識を強化するため、給与以外のインセンティブ施策を実施する企業が増えています。その施策の一つとして注目されているのが、従業員持株会制度です。この記事では、制度の基本的な仕組みから企業・従業員双方のメリット・デメリット、運用時の注意点まで、導入を検討する際に必要な情報を詳しく解説します。
従業員持株会制度とは
従業員持株会制度は、従業員の資産形成と組織への帰属意識向上を同時に実現できる施策です。ここでは制度の基本的な仕組みと、普及してきた背景について見ていきましょう。
従業員持株会の基本的な仕組み
従業員持株会制度とは、従業員が毎月一定額を給与天引きで積み立て、自社の株式を購入・保有する仕組みです。企業が事務局となって持株会を運営し、従業員からの拠出金をまとめて株式を購入します。
多くの企業では、従業員の拠出額に対して一定割合の奨励金を上乗せする制度を設けています。例えば拠出額の10%を奨励金として企業が負担することで、従業員はより有利な条件で自社株を取得可能です。
購入した株式は持株会の名義で一括管理され、配当金は持分比率に応じて従業員に分配されます。株価が上昇すれば資産が増加し、従業員は会社の成長による恩恵を直接受けられる仕組みです。
従業員持株会制度が普及した背景
従業員持株会制度が広まった背景には、企業と従業員の関係性の変化があります。終身雇用制度が揺らぎ、人材の流動性が高まる中で、企業は従業員の帰属意識を維持する新たな手段を必要としていました。
株式を保有することで、従業員は単なる労働者ではなく、企業の成長に関わる当事者という意識を持つようになります。自社の業績向上が直接自身の資産増加につながるため、仕事へのモチベーション向上が期待できるでしょう。
また、企業側が拠出する奨励金を福利厚生費として損金算入できる(費用計上できる)といった側面も、制度普及を後押ししていると考えられます。少額から始められる資産形成手段として、従業員にとって利用しやすい制度となっています。
従業員持株会制度のメリット・デメリット
持株会制度には企業・従業員双方にメリットがある一方で、注意すべきデメリットも存在します。投資のリスクや運営コストなど、導入前に理解すべき課題もあるため、両面を把握したうえで判断することで、自社に適した制度設計が可能になり、導入後のトラブルを未然に防げるでしょう。
企業側の主なメリット
企業にとって最大のメリットは、従業員の帰属意識と経営参画意識の向上です。自社株を保有することで、従業員は会社の業績に対する関心が高まり、主体的に業務に取り組む姿勢が生まれます。
例えば、決算数字を気にするようになったり、コスト削減の提案が増えたりするなど、経営者目線での行動が見られるようになります。
次に、安定株主の確保も重要なメリットです。持株会が発行済株式の一定割合(一般的に5〜15%程度)を保有することで、敵対的買収のリスクを軽減し、経営の安定性を高められます。特に上場企業や上場を目指す企業にとっては、株価の急激な変動を抑える効果も期待できます。
さらに優秀な人材の採用や定着率向上にもつながります。福利厚生の一環として持株会制度を提示することで、他社との差別化を図り、求職者へのアピールポイントとなります。特に資産形成に関心の高い若手人材の獲得において効果的です。
従業員側の主なメリット
一方で従業員にとっては、有利な条件での資産形成が大きなメリットです。企業からの奨励金により、市場価格よりも安く株式を取得でき、配当金も受け取れます。
例えば、毎月1万円を拠出し、企業が10%の奨励金を上乗せする場合、実質11,000円分の株式を10,000円で購入できることになります。長期的に保有することで、株価上昇による値上がり益も期待できます。
加えて、給与天引きによる積立方式のため、計画的な資産形成が可能です。月々数千円からの少額から始められ、自動的に天引きされるため、貯蓄が苦手な人でも無理なく継続できる点も魅力といえます。
また自社の経営状況や株価に対する関心が高まることで、経営的な視点が養われます。会社の業績が自身の資産に直結するため、売上や利益率といった経営指標を意識して仕事に取り組めるようになるでしょう。
企業側のデメリットと注意点
企業が注意すべき点は、制度運営にかかる事務コストです。持株会の事務局運営、株式の購入手続き、配当金の分配など、継続的な管理業務が発生します。信託銀行への事務委託を利用する場合、目安として年間数十万円から数百万円程度の費用がかかります。
奨励金の負担も考慮が必要です。例えば、加入者100名で平均拠出額が月1万円、奨励金が10%の場合、年間の奨励金負担は120万円となります。加入者が増えるほど企業の負担は増大するため、財務状況を踏まえた適切な制度設計が求められます。
またインサイダー取引のリスク管理も重要です。従業員が未公開情報を知りうる立場にある場合、株式売買のタイミングに制限を設ける必要があります。特に経営企画やIR部門など、重要情報にアクセスできる部署の従業員には、より厳格なルールの適用が求められます。
従業員側のデメリットと注意点
従業員にとって最大のリスクは、投資の集中です。勤務先と投資先が同一であるため、企業の業績悪化時には給与と資産の両方が影響を受ける可能性があります。
そのため、会社の業績悪化により給与やボーナスが減少すると同時に、保有する株式の価値も下落するという二重のダメージを受けるリスクがあります。
株価下落時には、積み立てた資金が目減りするリスクもあります。市場環境や企業業績によっては、元本割れする可能性もあり、期待した資産形成ができない場合もあります。
また換金性に制約がある点にも注意が必要です。持株会の規約により、売却のタイミングが年に数回に限定されていたり、一定の手続き期間が必要だったりするケースが多く、急な資金需要(住宅購入、医療費など)に即座に対応しにくい点はデメリットといえます。
従業員持株会制度の運用ポイント
制度を適切に運用するためには、法令遵守とリスク管理が不可欠です。ここでは特に注意すべき4つのポイントを解説します。
インサイダー取引を防止する対策
インサイダー取引の防止は、持株会運営における最重要課題です。未公開の重要情報を知りうる立場の従業員が、その情報をもとに株式を売買することは法律で禁止されています。
具体的な対策として、売買可能期間の設定が有効です。決算発表後の一定期間のみ売買を認めることで、情報の非対称性を解消できます。
また、役職者や特定部署の従業員に対しては、より厳格なルールを設けることも検討しましょう。定期的な研修を実施し、従業員のコンプライアンス意識を高めることも重要です。
議決権比率の適切な管理方法
持株会の議決権行使については、慎重な設計が求められます。一般的には持株会の理事長が会員の意思を代表して議決権を行使しますが、その方法を明確に定めておく必要があるでしょう。
議決権比率が高くなりすぎると、経営の意思決定に支障をきたす可能性があります。適切な水準を保つため、定期的に保有比率を確認し、必要に応じて調整することが大切です。
また従業員への情報開示も重要です。議決権行使の方針や結果を透明性の高い形で共有することで、制度への信頼性を維持できるでしょう。
退職時の株式処理ルール
退職時の株式処理は、トラブルを防ぐため明確なルールが必要です。一般的には、退職者は持株会を脱退し、保有株式を売却または個人名義へ移管する選択肢が提供されます。
買取価格の算定方法は、規約で明確に定めておきましょう。時価での買取が一般的ですが、非上場企業の場合は評価方法の設定が重要です。
また売却のタイミングにも配慮が必要です。退職直後の売却により株価に影響が出ないよう、段階的な売却を認める制度設計も検討するとよいでしょう。
事業承継での活用方法
持株会制度は、事業承継対策としても有効に機能します。特にオーナー企業では、後継者への株式譲渡と並行して、従業員持株会を活用することで円滑な承継が可能です。
従業員が一定の株式を保有することで、経営の安定性を保ちながら事業承継を円滑に進められます。後継者にとっても、従業員が株主として経営を支える体制は心強いでしょう。
また株式の分散による相続税対策としても活用できます。計画的に従業員へ株式を譲渡することで、オーナー家の税負担を軽減できる可能性があります。
適切な運用で従業員のモチベーションを向上させる
従業員持株会制度は、単なる福利厚生制度ではなく、組織の一体感を醸成する重要な経営戦略です。従業員が株主として会社の成長に参画する意識を持つことで、自律的な行動が生まれ、組織全体の生産性向上につながるでしょう。
制度の導入にあたっては、経営層の明確なビジョンと従業員への丁寧な説明が不可欠です。制度の目的や期待される効果を共有し、従業員の理解と共感を得ることが成功の鍵となります。
また導入後の継続的なフォローも重要です。定期的な情報提供や説明会を通じて、従業員の関心を維持し、制度を活性化させていきましょう。













