M&A戦略とは?策定する5つのステップと成功のポイントを解説

M&A戦略とは、企業が合併や買収を通じて成長を実現するための計画的な方針です。単に他社を買収する一般的なM&Aではなく、自社の経営課題を解決し、競争力を高めるための戦略的な取り組みを指します。本記事では、M&A戦略の策定プロセスを5つのステップに分けて解説します。中堅企業の経営者が実践できる具体的な手順と、成功のために押さえるべきポイントをお伝えしていきます。

M&A戦略を策定する5つのステップ

M&A戦略の策定では、自社の現状分析から候補企業の選定まで、段階的なアプローチが求められます。各ステップを丁寧に実行することで、自社に最適なM&A戦略が見えてくるでしょう。

ここでは、SWOT分析による自社理解、市場環境の把握、目的の明確化、戦略オプションの検討、そして具体的な候補企業選定という5つのステップを解説します。

【ステップ1】SWOT分析による自社分析

M&A戦略で最も重要なのは、自社の現状を正確に把握することです。そのためにはSWOT分析が役立ちます。

SWOTの具体的な分析項目を確認しましょう。

プラス要因となる例

マイナス要因となる例

内部環境

(制御可能)

強み(Strengths)

  • 熟練技術者が多い
  • 地元での知名度が高い
  • 固定客が多く安定受注がある
  • 独自の加工技術を持つ
  • 借入が少なく財務が健全
  • 品質管理が徹底している

弱み(Weaknesses)

  • 営業担当者が少ない
  • 県外への販路がない
  • 若手人材が不足している
  • 設備投資の資金が限られる
  • Webでの情報発信が弱い
  • 後継者が決まっていない

外部環境

(制御困難)

機会(Opportunities)

  • 業界全体の需要が伸びている
  • 同業他社の廃業が増えている
  • 補助金制度が充実してきた
  • デジタル化で営業手法が変化
  • M&Aを検討する企業が増加

脅威(Threats)

  • 競合が価格を下げてきた
  • 主要顧客の業績が悪化
  • 原材料費が高騰している
  • 環境規制が厳しくなった
  • 採用難で人が集まらない
  • 後継者不足で廃業する同業が増加

SWOT分析を活用して、強み・弱み・機会・脅威を整理することで、M&Aで補完すべき要素と活かすべき資産が明確になります。

また、特定地域でのシェアは高いが全国展開ができていない場合、他地域に基盤を持つ企業との統合を検討できるでしょう。この自己認識が、適切なM&A戦略の土台となるのです。

【ステップ2】市場調査と業界トレンドの把握

自社分析の次に重要なのは、市場環境と業界動向の調査です。M&Aの目的によって調査対象となる市場は異なり、事業拡大を目指すなら既存市場の成長性や競合状況を詳しく調べる必要があります。

新規参入を検討する場合は参入候補市場の規模や将来性、参入障壁の高さを分析し、技術獲得が目的であれば特許動向や技術トレンドの把握が重要です。

業界のトレンドを見極めることも欠かせません。デジタル化やグローバル化、規制の変更など、業界を取り巻く変化を理解することで、M&Aのタイミングや方向性が見えてきます。

市場調査では公的統計や業界レポート、専門誌などの情報源を活用し、業界団体や取引先からのヒアリングも有効な情報収集手段となるでしょう。

【ステップ3】M&Aの目的を明確化する

市場環境を理解したら、M&Aの目的を具体的に定義します。

目的が曖昧なままでは適切な相手企業を選定できないため、売上拡大、市場シェア獲得、新規事業参入、技術力の強化、人材確保、事業ポートフォリオ再編などの中から、自社の経営課題に応じた目的を設定しましょう。

複数の目的がある場合は優先順位を明確にすることで、相手企業をより絞りやすくなります。

目的を明確にする際は、3年後の売上高や市場シェア、投資回収期間など、数値目標も設定することで、M&A実施後の評価も可能になります。

【ステップ4】戦略オプション案の立案と絞り込み

M&Aの目的が定まったら、複数の戦略オプションを検討します。一つの選択肢に固執せず多角的に可能性を探ることが大切で、水平統合、垂直統合、多角化など様々な方向性があります。

水平統合は同業他社との統合でシェア拡大に有効ですが、統合作業の難易度が高くなり、垂直統合はサプライチェーン上の企業との統合で安定供給が見込めますが、事業範囲が広がり管理が複雑化します。

各オプションのメリットとデメリットを比較検討し、自社の経営資源や目的に最も適した戦略を2〜3案に絞り込みます。この段階では実現可能性も考慮に入れ、無理のない選択肢を残すことが重要です。戦略の絞り込みにより、次のステップである候補企業の選定をより効率的に進められるでしょう。

【ステップ5】ロングリスト・ショートリストの作成

戦略の方向性が決まったら、具体的な候補企業をリスト化します。まずは幅広く候補を集めたロングリストを作成し、その後条件に合う企業に絞り込んだショートリストへと進めていきます。

ロングリスト作成では業界データベースや企業情報サービスを活用して、規模、地域、事業内容、財務状況など基本的な条件でスクリーニングを行いましょう。

ショートリストへの絞り込みでは、シナジー効果の見込み、企業文化の相性、経営陣の意向、買収価格の妥当性など、より詳細な評価基準を設定します。

最終的に5〜10社程度を目安にショートリストを作成し優先順位をつけることで、実際のアプローチを効率的に開始できるでしょう。このリストが、M&A交渉の具体的な出発点となるのです。

目的別M&A戦略のメリット

M&A戦略は目的によって異なる効果をもたらします。自社の経営課題に応じた戦略を選択することが重要です。ここでは、事業拡大、新市場参入、技術・人材獲得、事業ポートフォリオ最適化という4つの目的別に、M&A戦略がもたらすメリットを解説します。

それぞれの戦略が自社の課題解決にどう貢献するかを理解し、最適な選択につなげましょう。

規模の経済を実現する事業拡大戦略

同業他社との統合による事業拡大で最も大きなメリットは、事業規模を拡大することで単位あたりのコストを削減できる「規模の経済」を実現できることです。

具体的には、以下のようなコスト削減が可能になります。

  • 重複する経理や営業などの管理部門を統合・最適化し、業務効率を高めることができます。
  • 複数の工場を集約することで、稼働率が向上し、固定費を大幅に削減できる。
  • 仕入れ量の増加により原材料の単価交渉が有利になり、調達コストを削減できる。
  • 顧客基盤が広がり営業を効率化でき、広告宣伝費などの間接費も相対的に低下する。

このように、同業他社との統合による事業拡大は、コスト競争力と市場影響力の両面で大きな効果をもたらし、市場シェアの拡大により業界内での発言力も高まるのです。

新市場参入・多角化のためのM&A戦略

新規市場への参入や事業の多角化を図る際、既存企業の買収は時間とリスクを大幅に削減します。

ゼロから事業を立ち上げる場合と比較して、既存企業を買収すれば、その企業が持つ顧客基盤、ブランド、ノウハウを即座に獲得できるのです。市場での認知度や信頼関係も引き継げるため、参入障壁を乗り越えやすくなります。

また、多角化により収益源が分散され、特定市場の変動による経営リスクも軽減されるでしょう。複数の事業を持つことは、長期的な企業の安定性につながるのです。

技術・人材獲得のためのM&A戦略

技術や人材の獲得を目的としたM&Aで最も大きなメリットは、研究開発面での投資効果を高められることです。自社で開発するよりも既に技術を持つ企業を買収する方が、時間と費用を節約できるケースは少なくありません。

特許や知的財産権の取得により製品開発のスピードが加速し、優秀な技術者や研究者を確保できることも大きな効果です。

デジタル技術やAI、IoTなど急速に進化する技術分野では、自社開発では追いつかないこともあるでしょう。技術を持つベンチャー企業の買収は、技術獲得の有効な手段となります。

技術と人材の両方を獲得することで、新製品開発や既存製品の改良が加速し、競争優位性が高まるのです。人材市場での採用競争を避け、即戦力となる専門人材を確保できる点も見逃せません。

選択と集中による事業ポートフォリオ最適化戦略

事業の売却や分離を通じて経営資源を成長分野に集中させる戦略で最も重要なのは、企業価値を最大化できることです。

生産性が低く成長が見込めない事業を切り離すことで、経営陣はコア事業に集中でき、売却で得た資金を成長事業への投資や新規M&Aに活用することも可能になります。

市場環境の変化により、かつて主力だった事業が重荷になることもあるため、事業ポートフォリオの見直しは定期的に行うべき経営判断です。

M&A戦略を成功させるポイント

M&A戦略の策定と実行では、いくつかの落とし穴が存在します。事前に注意すべきポイントを理解することが重要です。

ここでは、M&Aが目的化してしまう問題、デューデリジェンスでのリスク把握、企業文化の相違による統合失敗という3つの重要な注意点を解説します。これらを理解し適切に対処することで、M&A成功の確率を高めることができるでしょう。

M&Aが目的化してしまう落とし穴を避ける

M&Aで最も注意すべきは、M&Aの成約自体が目的となってしまうことです。本来の経営課題を解決する手段であるはずのM&Aが、いつの間にか実施すること自体が目標にすり替わってしまうケースがあります。

このような状況に陥ると、不適切な相手企業との統合や過大な買収価格での合意といった判断ミスにつながるでしょう。

条件が合わなければ、勇気を持って撤退する決断も必要です。M&Aは手段であり目的ではないという原則を忘れないことが、成功への第一歩となります。

デューデリジェンスで見落としがちなリスクを把握する

デューデリジェンスで最も重要なのは、対象企業の実態を多角的かつ詳細に調査することです。財務、法務、税務などの調査は一般的ですが、M&A後の統合を見据えた調査も忘れてはなりません。

また、簿外債務や訴訟リスク、コンプライアンス問題など、財務諸表には表れない潜在的リスクの把握も欠かせません。

これらのリスクが後から発覚すると、買収価格の見直しや統合計画の大幅な変更を余儀なくされるでしょう。専門家の力を借りながら多角的な視点で対象企業を評価し、デューデリジェンスへの投資をM&A成功のための必要なコストと捉えることが大切です。

企業文化の相違による統合失敗を考慮する

企業文化の相違で最も注意すべきは、M&A後の統合において大きな障害となることです。各企業には独自の経営理念や企業文化があり、財務面や事業面でのシナジーが見込めても、企業文化の相違により統合が失敗するケースは少なくありません。

意思決定のスピード、評価制度、コミュニケーションスタイルなど、組織運営の基本的な部分で違いがあると、従業員の混乱や離職を招きます。

特に優秀な人材の流出は、M&Aの価値を大きく損なうでしょう。企業文化の統合には時間がかかるため、急激な変革を押し付けるのではなく、双方の良い点を取り入れつつ、段階的に新しい文化を築いていく姿勢が大切です。

M&A戦略で企業成長を加速させる

M&A戦略は、適切に実行すれば企業成長を飛躍的に加速させる強力な手段です。自社の経営課題を正確に把握し、段階的なアプローチで進めることで、中堅企業でも成功させることができるでしょう。

重要なのは、M&Aを単なる企業買収としてではなく、経営戦略の一環として位置づけることです。自社分析から始まり、市場調査、目的の明確化、戦略立案、候補企業選定という5つのステップを丁寧に実行しましょう。

また、M&A後の統合プロセスも成功の鍵を握ります。企業文化の融合や組織体制の整備には、従業員の理解と協力が不可欠です。組織課題の解決は、M&A後の統合を成功させる第一歩といえるでしょう。

著者情報

人と組織に働きがいを高めるためのコンテンツを発信。
TUNAG(ツナグ)では、離職率や定着率、情報共有、生産性などの様々な組織課題の解決に向けて、最適な取り組みをご提供します。東京証券取引所グロース市場上場。

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