事業承継税制で税負担を軽減する方法とは?メリットや要件、手続きを解説
中小企業の経営者にとって、事業承継は避けて通れない重要な課題です。特に後継者への株式移転時に発生する贈与税や相続税の負担は、事業の継続性に大きな影響を与える可能性があります。そこで注目されているのが「事業承継税制」です。本記事では、事業承継税制の基本的な仕組みから具体的なメリット、適用要件まで詳しく解説します。
事業承継税制とは何か
事業承継税制は、中小企業の円滑な事業承継を支援するために設けられた税制優遇措置です。後継者への株式移転時に発生する税負担を軽減することで、円滑な事業承継を促進することを目的としています。
事業承継税制の基本概念
事業承継税制とは、中小企業等が後継者に事業を引き継ぐ際に発生する贈与税・相続税の負担を軽減または猶予する制度です。
具体的には、一定の要件を満たした場合に、非上場株式等に係る贈与税・相続税の納税が猶予され、さらに一定の条件を満たせば税額が免除される仕組みになっています。
この制度の最大の特徴は、税額の「猶予」から「免除」へと段階的に進む点にあります。まず承継時に納税が猶予され、その後の事業継続期間や要件の維持状況に応じて、まず承継時に納税が猶予され、その後、後継者が死亡する等の一定の事由に該当するまで事業を継続した場合に、猶予されていた税額の納税が免除されます。
法人版と個人版の違い
事業承継税制には、法人版と個人版の2つの制度が存在します。それぞれ対象となる事業形態や適用要件が異なるため、自社の状況に応じて適切な制度を選択する必要があります。
法人版事業承継税制は、株式会社や有限会社などの法人が対象となります。先代経営者から後継者への自社株式の贈与・相続時に適用され、株式に係る贈与税・相続税の納税が猶予されます。多くの中小企業がこちらの制度を利用することになるでしょう。
一方、個人版事業承継税制は、個人事業主が事業用資産を後継者に承継する際に適用されます。事業用の土地・建物・機械装置・器具備品などの資産に係る贈与税・相続税が猶予の対象となります。農業や製造業などで個人事業として営んでいる場合に活用可能です。
どちらの制度も基本的な仕組みは同様ですが、対象となる資産や評価方法、適用要件の詳細が異なります。法人化している企業であれば法人版、個人事業主であれば個人版を検討することになります。
一般措置と特例措置の違い
事業承継税制には、一般措置と特例措置という2つの適用パターンがあります。現在は特例措置の適用期間中であり、一般措置と比較して大幅に要件が緩和されています。
一般措置は恒久的な制度として設けられており、以下の内容となっています。
- 対象株式:発行済議決権株式総数の3分の2まで
- 猶予される税額:贈与税80%、相続税100%
- 雇用確保要件:承継後5年間の平均で雇用の8割以上を維持する必要がある
これに対して特例措置は、2026年3月31日までの時限措置として設けられており、要件が大幅に緩和されています。
- 対象株式:発行済議決権株式総数の100%まで拡大
- 猶予される税額:贈与税・相続税ともに100%
- 雇用確保要件:未達成の場合でも一定の手続きにより認定が継続される可能性
さらに特例措置では、従来は先代経営者一人から後継者一人への承継のみが対象でしたが、親族外を含むすべての株主から代表者である後継者(最大3人まで)への贈与・相続が対象となっています。
特例措置を適用するためには、2026年3月31日までに特例承継計画を都道府県に提出する必要があります。この計画には、承継時期や後継者、承継方法などを記載し、認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けることが求められます。
なお、特例承継計画を提出した後、実際の贈与・相続は2027年12月31日までに行う必要があります。
事業承継税制の効果とメリット
事業承継税制を活用することで、企業は様々なメリットを享受できます。最大の効果は税負担の軽減ですが、それ以外にも経営上の利点が多数存在します。
贈与税や相続税の納税が猶予される
事業承継税制の最大のメリットは、多額の贈与税・相続税の納税が猶予されることです。特例措置では、対象となる自社株式に係る贈与税・相続税が100%猶予され、一定の要件を満たせば最終的に免除される可能性があります。
例えば、自社株式の評価額が5億円の場合、通常であれば後継者は約2億円の贈与税を納付する必要があります。しかし、事業承継税制を適用すれば、この2億円の納税が猶予され、要件を満たし続けることで最終的に納税義務が免除されます。
また、猶予された税額には利子税も課されないため、長期間にわたって実質的な税負担がゼロとなります。これにより、承継直後の資金繰りの懸念が大幅に軽減され、経営に集中しやすくなります。ただし、承継後も継続的に要件を満たす必要があり、もし要件から外れた場合は、猶予されていた税額と利子税を納付する必要があるため注意が必要です。
事業資金への活用とキャッシュフロー改善
納税が猶予されることで、本来税金として支払うはずだった資金を事業資金として活用できるようになります。これは企業のキャッシュフローに大きな改善をもたらし、事業の成長・発展に直結する効果を生み出します。
承継時に発生するはずだった多額の税負担がなくなることで、後継者は手元資金を設備投資や人材採用、新規事業開発などに振り向けることができます。特に成長段階にある企業にとって、この資金の有効活用は競争力強化の重要な要素となるでしょう。
また、金融機関からの借入による税金の支払いを避けることができるため、企業の財務体質も健全に保たれます。借入金の返済負担がないことで、より積極的な事業展開が可能になり、業績向上にもつながるでしょう。
自社株対策からの解放と経営の自由度向上
事業承継税制を活用することで、株価の高さを理由とした承継の断念や、株価引き下げのための不自然な経営判断を避けることができます。 これにより、より事業成長に主眼を置いた経営判断がしやすくなります。
通常、事業承継を控えた企業では、株式評価額を下げるために様々な対策を講じる必要がありました。例えば、役員退職金の支給、不動産の購入、設備投資の前倒しなどです。しかし、これらの対策は必ずしも事業に最適とは限らず、時として企業の成長を阻害する要因となることもありました。
事業承継税制を適用すれば、株価の高低にかかわらず税負担が軽減されるため、このような人為的な株価対策を行う必要がなくなります。経営者は純粋に事業の成長と発展を考えた経営判断に集中できるようになるでしょう。
事業承継税制の適用要件と手続き
事業承継税制の恩恵を受けるためには、厳格な要件をクリアし、適切な手続きを踏む必要があります。
事前の準備と計画的な進行が成功の鍵となります。
対象会社になるための要件
事業承継税制の適用を受けるためには、まず会社自体が対象会社の要件を満たす必要があります。対象会社の主な要件は以下の通りです。
- 従業員数:常時使用する従業員が1人以上いること
- 会社形態:上場会社でないこと
- 事業内容:資産管理会社に該当しないこと
- 事業実態:風俗営業会社に該当しないこと
- 資産構成:特定資産の割合が総資産の70%未満であること
- 株主構成:同族関係者で総議決権の50%超を保有していること
特に資産管理会社の判定では、有価証券や不動産の保有・運用を主たる事業とする会社は対象外となるため注意が必要です。
後継者と先代経営者の要件
事業承継税制では、後継者と先代経営者それぞれに対して詳細な要件が設けられています。これらの要件を満たすことで、円滑な事業承継が実現できます。
先代経営者に求められる主な要件は以下の通りです。
- 役職要件:贈与・相続の直前において会社の代表者であること
- 株式保有:贈与時は直前期末において筆頭株主であること
- 議決権保有:同族関係者と合わせて総議決権の50%超を保有すること
- 相続時要件:相続の場合も同様の株式保有要件を満たすこと
後継者に求められる主な要件は以下の通りです。
- 年齢要件:贈与・相続の時点において原則として成人(18歳以上)であること
- 役職要件:会社の代表者であること
- 株式地位:贈与・相続により同族関係者内で筆頭株主になること
- 議決権取得:総議決権の50%超を保有すること
- 継続要件:承継後5年間にわたって代表者として経営を継続すること
承継後の継続要件を満たさない場合、猶予されていた税額の納付が必要となる可能性があるため注意が必要です。
事業承継税制で後悔しないための決断を
事業承継税制は適切に活用すれば大幅な税負担軽減が可能な優れた制度ですが、要件の維持や手続きの複雑さから、十分な準備なしに進めると後々問題が生じる可能性があります。成功のためには、制度の理解と専門家との連携が不可欠でしょう。
事業承継においては、従業員や取引先、金融機関などのステークホルダーとの関係維持も重要な要素です。円滑な事業承継を実現するためには、ステークホルダーへの適切な説明と理解の獲得が必要でしょう。組織内のコミュニケーション活性化や情報共有の仕組み作りが、承継後の安定した経営基盤の構築につながります。













