M&Aのメリット・デメリットを買い手企業向けに解説。失敗を防ぐポイントも

「M&Aで事業拡大を」と考えても、失敗に終わるリスクは無視できません。実際、大手企業でも買収後の減損処理で経営危機に陥った事例は後を絶たないのです。成功と失敗を分けるのは何でしょうか?本記事では、買い手企業が押さえるべきM&Aのメリット・デメリット、そして失敗を防ぐための実践的なポイントを解説します。

買い手企業から見たM&Aのメリット

M&Aを実施する買い手企業には、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。時間・技術・リスクという3つの観点から見ていきましょう。

新規事業へ迅速に参入できる

新規事業への参入には、技術開発などの工程に多くの時間がかかります。しかし、参入したい分野の事業買収・企業買収・合併などのM&Aでノウハウを獲得できれば、スピーディーな参入が可能です。

特に規制業種(通信・金融・放送など)への参入では、M&Aで事業免許等を引き継げば、大幅な時間的コストの削減が実現するでしょう。海外市場に進出したい場合も同様です。現地の事業や企業を買収すれば、商習慣や有効なノウハウを短期間で獲得できて、スムーズに海外進出が進みます。

技術力やバリューチェーンを強化できる

M&Aで買収したり合併したりした事業・企業が自社にない技術を持っていた場合、自社の技術力を強化できます。特に特許を取得しているような商品開発の技術を得られれば、市場における優位性を確立できるでしょう。

M&Aによって、自社のバリューチェーンを補完することも可能です。バリューチェーンとは、ビジネスの流れをセクションごとに分け、それぞれの価値を測る考え方です。商品の製造や開発・物流・販売といった生産から消費までの動きに直接関わる「主活動」と、主活動をサポートする「支援活動(調達・技術開発・人事労務管理・全般管理など)」に分かれます。

主活動でも支援活動でも、バリューチェーンに占める自社の割合が高いほど、利益率は上がるのが通常です。例えばメーカーが物流を他社に委託していた場合、商品が売れるたびにその会社に支払うマージンが発生しますが、自社で物流も賄えれば、そのマージン分が利益になります。

事業の多角化によって経営リスクを分散できる

M&Aによって事業を多角化すれば、経営リスクが分散されるという点も買い手から見たM&Aのメリットです。一つ(または少数)の事業からの収益に頼るビジネスモデルだと、その事業が不振に陥ったとき損失が大きくなり、企業の存続が危ぶまれます。

事業を多角化して収益源を複数確保しておけば、いずれかの事業が振るわなくてもほかの事業で損失の補填が可能です。特に既存の事業がニーズの変化などの理由で頭打ちになってきたようなケースでは、M&Aによる事業の多角化は企業の存続を助ける有力な選択肢となるでしょう。

買い手企業から見たM&Aのデメリット

M&Aは、買い手企業にとってメリットばかりがある夢の選択肢ではありません。実施を判断するに当たっては、デメリットもしっかりと把握しておく必要があります。特に注意したいデメリットを三つ見てみましょう。

期待した効果を得られない場合がある

M&Aでは買収後の利益をシミュレーションしますが、実際には期待通りの成果が得られないケースも少なくありません。自社のニーズに合わない事業や企業を選んでしまえば、投資対効果は大きく下がります。

特に大型の企業買収では、買収額すら回収できず損失を抱えるリスクがあります。実際、大企業でも買収後に数千億円規模の減損を計上し、経営危機に陥った事例が複数存在します。

想定外のリスクを負う可能性も

予想していなかったリスクを負う可能性があるのも、M&Aに潜むデメリットの一つです。貸借対照表に記載されていない簿外債務や、今後負債が発生するリスクを知らずに引き継いでしまうリスクをゼロにはできません。

買収後に経理不正などが発覚した場合、東芝のウエスチングハウス買収の失敗事例のように、多額の損失を被る事態が考えられます。DeNAのキュレーションサイト買収の事例では、買収した事業を含むキュレーションプラットフォーム全体で記事の信頼性や著作権に関するコンプライアンス問題が発覚し、ブランドイメージが大きく失墜しました。これは買収対象の事業リスクを精査する上で参考にしたい失敗事例です。
参考:東芝が米原発で減損7125億円、債務超過に メモリー事業売却も | ロイター

参考:DeNAがキュレーションプラットフォーム事業を開始~キュレーションプラットフォーム運営会社2社を買収、リアル巨大産業の構造変革を目指す~ | 株式会社ディー・エヌ・エー | DeNA

参考:当社運営のキュレーションプラットフォームについてのお知らせ | 株式会社ディー・エヌ・エー | DeNA

経営統合が難航すると現場や顧客の不満を招く

M&Aは、企業や事業の買収や合併が済んだら成功ではありません。むしろ買収や合併後の経営統合(PMI・Post Merger Integration)が、M&Aの成否を左右します。

統合がうまく進まないと、業務フローの変更や組織文化の衝突によって現場に大きな負担がかかります。その結果、優秀な人材が離職してしまうケースは珍しくありません。人材流出はサービス品質の低下を招き、顧客対応が不十分になれば顧客離れにもつながります。

こうした悪循環により、期待していたシナジー効果を得られないどころか、既存事業の収益性まで悪化するリスクがあるのです。

売り手側から見たM&Aのメリット

売り手企業にとって、M&Aは事業承継や経営課題の解決につながる重要な選択肢です。主なメリットを三つ見ていきましょう。

後継者不在でも廃業せずに事業を存続できる

中小企業の多くが後継者不足に悩んでいます。M&Aを活用すれば、後継者がいなくても事業を第三者に承継でき、廃業を回避できます。

廃業には従業員への退職金や在庫処分、設備の撤去など多額のコストが発生しますが、M&Aであればこれらの負担を軽減できます。また、買い手企業の方針にもよりますが、従業員の雇用や取引先との契約が維持される可能性も高く、廃業した場合と比べて関係者への影響を最小限に抑えられることが期待できます。

売却益を獲得し経営者の引退資金を確保できる

企業や事業の売却によって、経営者は売却益(キャピタルゲイン)を得られます。これは経営者の引退後の生活資金や、新たな事業への投資資金として活用できます。

また、中小企業の経営者は金融機関からの借入れに対して個人保証を負っているケースが多く、M&Aによって連帯保証人としての責任から解放されることも大きなメリットです。

ノンコア事業の売却で主力事業に経営資源を集中できる

事業譲渡の形でM&Aを行えば、収益性の低い事業や戦略的重要度の低い事業を切り離し、主力事業に経営資源を集中できます。選択と集中により、企業全体の収益性向上が期待できるでしょう。

売り手側から見たM&Aのデメリット

一方で、売り手側にもM&A特有のリスクやデメリットが存在します。特に注意すべき点を三つ解説します。

希望条件に合う買い手が見つからない可能性がある

M&Aの成立には、買い手と売り手の条件が合致する必要があります。しかし、業種や事業規模、地域などの条件によっては、適切な買い手候補が見つからないケースもあります。

また、売り手が希望する売却価格と買い手の評価額に大きな開きがある場合、交渉が難航したり破談になったりするリスクもあります。

従業員の離職や取引先との関係悪化のリスク

M&A後は、雇用条件や労働環境が変わる可能性があります。給与体系や評価制度の変更、勤務地の異動などにより、従業員が離職してしまうケースも少なくありません。

また、M&A実施前に情報が漏れると、従業員の間に不安が広がり、モチベーション低下や混乱を招きます。取引先も経営方針の変更を懸念し、契約を打ち切るケースがあるため、慎重な情報管理が求められます。

売却益に対する税負担が発生する

M&Aで得た売却益には税金がかかります。株式譲渡の場合は譲渡所得税(約20%)、事業譲渡の場合は法人税が課税されるため、手元に残る金額は売却価格より少なくなります。

税負担を軽減するためには、事前に税理士などの専門家に相談し、最適なM&A手法やタイミングを検討することが重要です。

M&Aの手法によるメリット・デメリットも

M&Aとひと口にいっても、その手法はさまざまです。これまでにも「企業買収や事業買収の場合は」といった形で言及してきましたが、改めて手法の種類やそれぞれのメリット・デメリットを整理しておきましょう。自社の状況に合わせて、どのM&A手法を選ぶか判断する参考になります。

M&A手法の種類

狭義のM&Aは「買収」「合併」「分割」に分かれており、さらに買収は企業買収を含む「株式取得・資本参加」と「事業譲渡・資産買収」に分かれるという解釈が一般的です。事業譲渡・資産買収は「一部譲渡」か「全部譲渡」の2種類だけですが、「株式取得・資本参加」には以下のような種類があります。

  • 株式譲渡:既存株主が保有する株式を他社に譲渡することで、経営権を移す手法
  • 株式交換:自社の株式を対価として他社の株式を取得し、相手企業を完全子会社化する手法
  • 株式移転:複数の企業がそれぞれの株式を新設会社に移転し、その新会社を持株会社として設立する手法
  • 第三者割当増資:企業が新たに発行する株式を、特定の第三者に引き受けてもらう手法。資金調達や業務提携の一環として行われることもあり、経営権の移転を伴わない(持分比率が低い)場合、狭義のM&Aとは区別されることもあります。

よく使われるM&A手法としては、株式譲渡や事業譲渡・会社分割が挙げられます。事業譲渡は一部または全部の事業を、別の会社に個別承継する手法です。会社分割は包括承継によって事業を移転するもので、企業が自社の事業の一部または全部を切り離し、ほかの会社に承継させる方法を指します。

主な手法ごとのメリット・デメリット

代表的なM&A手法である「株式譲渡」「事業譲渡」「会社分割」の3種類について、それぞれ買い手側のメリットとデメリットを表にまとめました。なお会社分割に「売り手」「買い手」という表現は適切ではありませんが、承継会社(引き継ぐ側)を買い手として解説しています。

M&A手法

メリット

デメリット

株式譲渡

  • 手続きが煩雑ではなく、比較的短い期間でM&Aが完了する
  • 許認可も包括的に承継できる
  • 一定以上の資金がないと実施できない
  • 簿外債務などのリスクを負う可能性が高い

事業譲渡

  • 特定の事業だけを選んで買収できるため、資金が少なくても実施できる
  • 買収する事業を選別できることで、簿外債務のようなリスクを負う可能性が低くなる
  • 取引先・従業員との契約や許認可に個別手続きが必要で、M&Aの完了までに時間がかかる
  • 場合によっては不動産取得税や登録免許税の負担が発生する

会社分割

  • 全ての権利や義務を包括的に引き継げるため、手続きが比較的簡単
  • 承継の対価を株式とすることも可能で、資金が少なくても実施しやすい
  • 包括承継のため、簿外債務などのリスクを負う可能性が高い
  • 経営統合に時間や労力がかかりやすい

自社でM&Aによって何を実現したいのかとともに、予算やM&Aに割けるリソースを考慮して最適な手法を選びましょう。

企業買収・事業買収に失敗しないためのポイント

M&Aでは「大きく失敗しないこと」が重要とされます。失敗を防ぐには、何を意識すればよいのでしょうか。実際にM&Aを実施することになった場合に備えて、特に重要なポイントを二つ紹介します。

「デューデリジェンス」を徹底する

デューデリジェンス(DD)とは「買収監査」とも呼ばれる、M&Aに欠かせないフローです。買い手企業が主体となり、買収先の企業の財務状況や事業のリスクなど、適切な価値を見積もるために実施します。デューデリジェンスを実施するタイミングは、基本合意を締結した後、最終的な買収条件を決める前です。

デューデリジェンスが不十分だと、簿外債務や不正・コンプライアンス問題が買収後に発覚するリスクが高くなります。特に資産も負債も全て引き継ぐ企業買収(株式譲渡)では、徹底したデューデリジェンスが必要です。

信頼できるM&A支援機関を利用する

M&Aをスムーズに進めるには、専門知識を持つ第三者(仲介業者やFA・弁護士など)の助けが不可欠といってもよいでしょう。自社の重視したいポイントや不安要素に合わせて、M&A専門業者だけでなく、弁護士・税理士・会計士なども視野に入れてサポートを頼むのが理想です。

とはいえ、M&A専門業者は数が多く支援の品質もまちまちという問題があります。公的なデータベースへの登録制度「M&A支援機関登録制度」に登録されているFA(ファイナンシャルアドバイザー)や仲介業者から選ぶと、信頼性の高い業者を見つけやすいでしょう。

参考:登録支援機関データベース | M&A支援機関登録制度

メリット・デメリットを比較してM&Aの実施を判断

M&Aは、新規事業の参入やバリューチェーンの強化など、企業の成長を助ける選択肢です。一方で、多額の資金を投じて企業を買収しても期待通りの利益を得られなかったり、想定外のリスクを負ってしまったりするデメリットもあります。

M&Aを検討しているなら、M&Aそのもののメリット・デメリットはもちろん、各手法の特徴を把握した上で判断を下しましょう。企業や事業の買収ではデューデリジェンスを実施する、信頼できる第三者の助けを借りるといった「失敗を避けるための意識」も重要です。

著者情報

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