事業承継とは?定義から手順まで中小企業経営者が知るべき基礎知識を解説

創業から数十年が経ち、会社が安定した経営基盤を築いた今、多くの中小企業経営者が直面するのが事業承継という重要な課題です。自分が築き上げた事業を次世代に確実に引き継ぎたいという思いがある一方で、具体的にどのような手順で進めればよいのか、法的・税務的な注意点は何かについて、十分な知識を持っている経営者は決して多くありません。本記事では、事業承継の基本的な定義から具体的な手順まで、中小企業経営者が知っておくべき基礎知識を体系的に解説します。

事業承継とは何か

事業承継を成功させるためには、まずその基本的な概念を正確に理解することが重要です。単純に会社を引き継ぐだけではなく、様々な要素が複合的に絡み合った複雑なプロセスであることを認識しておきましょう。

事業承継の定義

事業承継とは、会社の経営権や事業を現在の経営者から後継者に引き継ぐことを指します。これは単なる株式の譲渡や役職の交代ではなく、事業の継続性と発展を確保するための包括的な取り組みです。

事業承継が適切に行われない場合、優良な企業であっても経営者の高齢化や後継者不在により廃業を余儀なくされるケースが後を絶ちません。実際に、中小企業の廃業理由として後継者不在であるケースが年々増加しており、事業承継の重要性がますます高まっています。

事業承継と事業継承の違い

事業承継と事業継承は似た言葉ですが、実は明確な違いがあります。この違いを理解することで、事業承継の本質をより深く把握できるでしょう。

「事業承継」は「承継」という言葉が使われており、これは前任者の意志や事業を受け継ぐという意味を持ちます。つまり、現経営者の経営理念や企業文化、事業戦略などを含めて包括的に引き継ぐことを表しています。

一方、「事業継承」は「継承」という言葉が使われており、これは単純に事業を引き継ぐという物理的な移転を意味します。経営権や資産の移転が中心となり、必ずしも前任者の意志や理念の継続を含意しません。

事業承継で引き継ぐべき3つの要素

事業承継を成功させるためには、単に会社の所有権を移転するだけでは不十分です。企業の価値を構成する3つの重要な要素を適切に承継することが必要となります。

経営権

経営権は会社の経営に関する意思決定権限を指し、主に議決権のある株式の移転によって承継されます。株式移転の方法には贈与、売買、相続があり、それぞれに税務上の取り扱いが異なるため、事業承継税制の活用も含めた税務対策が重要になります。

経営資源

経営資源には人的資源、技術・ノウハウ、顧客基盤、ブランド価値など、目に見えない価値が多く含まれます。承継において重要な要素として、キーパーソンとなる従業員の引き留め、暗黙知として蓄積されている知識の明文化、既存顧客との関係維持、ITインフラの承継などが挙げられます。

物的資産

物的資産には事業用の土地・建物、機械設備、車両、在庫、現金・預金などが含まれます。不動産は登記手続きと税負担を考慮し、機械設備は減価償却状況や使用価値による適正評価が必要です。金融資産は承継時の時価で評価され、適切な税務対策と保険による保全を検討します。

事業承継の3つの種類とそれぞれの特徴

事業承継には大きく分けて3つの種類があり、それぞれに特徴とメリット・デメリットがあります。自社の状況や後継者の有無に応じて、最適な承継方法を選択することが重要です。

親族内事業承継

親族内事業承継は、現経営者の子どもや配偶者、兄弟姉妹などの親族に事業を承継する方法で、従来、多くの中小企業で選択されてきた方法です。

主なメリットは以下の通りです。

  • 理念継承:企業の歴史や理念を深く理解している
  • 関係者理解:従業員や取引先からの理解を得やすい
  • 税務優遇:事業承継税制などの優遇措置を活用しやすい

一方で、適切な後継者が存在するとは限らず、複数の親族が候補の場合は家族内対立のリスクもあります。早期からの後継者教育と段階的な責任移譲が成功の鍵となります。

従業員承継(社内承継)

従業員承継は、現在の従業員の中から後継者を選定し、事業を承継する方法です。親族に適切な後継者がいない場合の有力な選択肢として注目を集めています。

主なメリットは以下の通りです。

  • 事業理解:事業内容や企業文化を熟知している
  • 組織維持:既存の人間関係や組織体制を維持しやすい
  • 関係継続:顧客や取引先との信頼関係が既に構築されている

しかし、株式取得のための資金調達が課題となり、管理職として優秀でも経営者として成功するとは限らないため、適切な教育と段階的な責任移譲が必要です。

M&A

M&Aは、第三者である他の企業に事業を売却することで承継を行う方法です。親族や従業員に適切な後継者がいない場合の選択肢として活用されています。

主なメリットは以下の通りです。

  • 資金確保:売却代金により老後資金を確保できる
  • 事業拡大:買収企業の経営資源を活用した事業発展が期待
  • 従業員処遇:雇用維持と処遇改善の可能性

一方で、企業文化や経営方針の変更により従業員や顧客との関係が変化する可能性があり、企業価値の評価は複雑で適正な価格での売却には専門的な知識と交渉力が必要となります。

事業承継の具体的な手順

事業承継を成功させるためには、計画的で段階的なアプローチが必要です。以下の4つのステップを踏むことで、リスクを最小限に抑えながら円滑な承継を実現できるでしょう。

【ステップ1】まずは専門家への相談

事業承継の第一歩は、専門家への相談から始まることが重要です。事業承継は法務、税務、財務など多岐にわたる専門知識が必要であり、一人ですべてを理解し実行することは現実的ではありません。

まず相談すべき専門家として、税理士、弁護士、中小企業診断士、事業承継コンサルタントなどが挙げられます。税理士は事業承継税制や相続税・贈与税対策、弁護士は法的手続きや契約書作成、中小企業診断士は事業承継計画の策定や後継者育成において専門的なサポートを提供します。

事業承継の方向性、時期、予算などについて率直に相談し、現実的で実行可能な計画を立てることが成功の鍵となります。

【ステップ2】自社分析と現状把握

専門家チームが構築できたら、次に行うべきは徹底的な自社分析と現状把握です。

自社の強みと弱み、過去数年間の業績推移や財務体質を詳細に分析し、併せて後継者候補の能力と意欲なども客観的に評価しましょう。

また、株主構成や議決権の分布、定款内容の確認も重要です。業界動向や競合他社の状況、法制度の変更予定など外部要因も考慮し、事業承継計画に反映させることが求められます。

【ステップ3】事業承継計画の策定

自社分析の結果を踏まえて、具体的な事業承継計画を策定します。

事業承継計画には、承継の方向性、後継者の選定理由、承継時期、具体的な手順、税務対策を明記します。後継者の選定では経営能力、業界知識、リーダーシップ、意欲などを総合的に評価し、承継時期は後継者の準備状況や事業承継税制の期限を考慮して設定しましょう。

税務対策については事業承継税制の活用を中心に、贈与税・相続税の負担を最小限に抑える方法を検討します。また、現経営者の急病や事故などの不測の事態に備えた緊急時の対応策も盛り込むことが重要です。

【ステップ4】株式・資産移転の実行

事業承継計画が策定できたら、最終段階として株式・資産移転の実行に移ります。この段階では計画に従って着実に手続きを進め、法的・税務的な要件を満たすことが重要です。

移転実行の過程では、従業員、取引先、金融機関などのステークホルダーへの適切な説明と報告も必要となります。事業承継による変更点を明確に伝え、継続的な関係維持を図りましょう。

移転実行後は、新しい経営体制の下での業務が円滑に進むよう、引き継ぎとフォローアップを確実に行います。特に重要な業務や取引については、一定期間の併走期間を設けることが望ましいでしょう。

事業承継を成功させるポイント

事業承継を成功に導くためには、技術的な手続きだけでなく、戦略的な視点と人間関係への配慮が重要です。以下の2つのポイントを押さえることで、円滑で持続可能な事業承継を実現できるでしょう。

株式移転時の税負担と相続トラブルを避ける方法

事業承継における最大の課題の一つが、株式移転時に発生する税負担と相続トラブルです。これらの問題を事前に対策することで、承継後の安定した経営基盤を確保できます。

税負担の軽減においては、事業承継税制の活用が最も効果的な方法です。特例措置を適用すれば贈与税・相続税の100%猶予が可能であり、要件を満たし続けることで最終的な免除も期待できます。また、役員退職金の支給や設備投資による株式評価額の引き下げ、分散贈与による税負担の分散も有効な対策となります。

相続トラブルを避けるためには、株式以外の財産も含めた総合的な相続対策が必要です。後継者以外の相続人には現金や不動産などの他の財産を相続させることで、株式の集中と公平性の両立を図ります。遺言書の作成や家族信託の活用により、相続時の紛争を防止することも重要な対策です。

後継者の育成や税金対策など早めの準備を

事業承継の成功は、後継者の育成と早期の準備にかかっています。十分な時間をかけて計画的に準備を進めることで、承継時のリスクを最小限に抑えることができます。

後継者の育成においては、部門責任者から役員、代表者への段階的な責任移譲が重要です。社外での勤務経験や業界団体での活動、経営者向け研修への参加を通じて幅広い視野と人脈を獲得し、メンター制度を活用して経験豊富な経営者からの指導を受けられる体制を整備します。

税金対策については、可能であれば事業承継の10年前から準備を開始し、株式評価額の推移を定期的にチェックすることが望ましいとされています。事業環境の変化や後継者の成長状況に応じた計画の見直し、緊急時の対応策の準備、従業員や取引先などステークホルダーとの関係構築も、早期準備の重要な要素となります。

築き上げた事業を未来へつなぐために

事業承継は単なる経営権の移転ではなく、これまで築き上げてきた事業の価値と理念を次世代に継承する重要な取り組みです。適切な準備と計画的な実行により、会社と従業員の未来を確実に守ることができるでしょう。

事業承継は経営者一人で解決できる課題ではありません。税理士、弁護士、コンサルタントなどの専門家チームを構築し、それぞれの専門性を活かしたサポートを受けることが重要です。

さらに、事業承継を契機として、組織体制の見直しや企業文化の再構築を図ることも有効です。後継者の新しい視点と従来の強みを組み合わせることで、より強固で持続可能な経営基盤を構築できます。

著者情報

人と組織に働きがいを高めるためのコンテンツを発信。
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